「先輩も、辛かったんですか?」
「ん?」
「その…お母さまを、亡くされた時。」

 先輩の吐息が、私の耳にかかる。

「うん、そうだね。すごい、悲しかった…。」

 何も言えなかった。
 何を言っていいのか分からなかった。

 今の私には、当時の一ノ瀬先輩の気持ちが、痛いほど分かるから。

「君も今、辛いんでしょ?」

 私は、先輩の腕の中でうなずく。

「すごい…苦しいです。母は、病気で亡くなったんです。すい臓癌で…。」

 言いながら、思い出す。
 そういえば、一ノ瀬先輩の母親は、胃癌で亡くなったんだっけ。

「癌が見つかった時には、手の施しようがなかったそうです。」

 私の脳裏に、いつかの涼介先輩の言葉が浮かんだ。

『一ノ瀬の家はシングルマザーで、子供も一ノ瀬1人だけで、発見が遅れた。癌が見つかった時には、もう、どうしようもなかったそうだ。』

 私と先輩、境遇が似てる、かも…。

「でも、もし私がずっと母のそばにいたなら、もっと早くに癌が見つかっていたかもしれないし、母はまだ…生きていたかもしれないんです。」

 私は、一ノ瀬先輩の胸に、顔をうずめた。
 大粒の涙が次から次へと、私の両目から放たれる。

「だから…母が死んだのは、私のせいなんじゃないかって。そんなこと考えてもどうしようもないことなんて、分っ、分かってるんですけど…。」

 言葉がのどに突っかかる感覚。
 うまく喋れない。