「…大丈夫?」
一ノ瀬先輩が、優しい低い声で、私に訊ねる。
「大丈夫じゃ、ありません…。」
私は、泣きじゃくりながらそう答える。
「そっか…。」
一ノ瀬先輩は、私の肩を優しく抱き寄せる。
そうして、私の耳元でささやいた。
「ここじゃ目立つから、ちょっと歩こうか。」
私は必死に何度もうなずいた。
一ノ瀬先輩は、柔らかく微笑んだ。
駅前からだいぶ外れた、私のアパートの近くにある、遊具が1つも無い公園。
ただでさえ人通りが少ないのに、夜となると、当然公園周辺には誰もいない。
つまり、この公園は今、私と一ノ瀬先輩の2人きりだ。
私はまだ泣いていた。
涙と雨が、私の頬をしきりに濡らす。
一ノ瀬先輩の髪もびっしょりだった。
雨から私だけをかばうようにして傘をさしてくれていたから、自分の雨よけがおろそかになったのだ。
申し訳ないとは思う。
でも、今ここで、私が謝罪の言葉を口にしたのなら、先輩はきっと困ってしまう。
一ノ瀬先輩は、そういう人だ。
自分より他人のことを優先して考えてしまう、心の優しい人。
だからこうして、私を雨から守りながら、人目のないこの公園まで連れてきてくれた。
そして今も、私に傘をさし出してくれている。
私は、涙をぬぐいながら言った。
「先輩が、風邪ひいちゃいます…。」
「いいよ。僕、健康運良いし。」
そういう問題なのか…?
先輩は優しく微笑みながら、言う。
「君、本当に優しいね。」
どの口が言っているんですか。
こっちのセリフですよ…。

