「頭、上げてよ…。」

 思考停止した脳を抱えながら、私はそう言った。

 理子はその言葉に反応して、恐る恐る私と目を合わせる。

「私もさ、ずっと理子に謝りたかったんだ」

 やっと仕事を再開した脳を動かしながら、私は言う。
 理子は、拍子抜けしたように、ポカンと口を開けていた。

「理子の言うことはもっともだった。私は一ノ瀬先輩のことが好きだから、工藤くんからの告白は、断るべきだった。理子の意見は、すごく正しい。」

 言いながら、目の縁が熱くなってくるのを感じる。

 工藤くんの告白のことを思い出すと、泣きたくなる。
 多分、工藤くんに対する罪悪感があるからだ。

 でも、この場で泣いてはいけない。

「それなのに、あの場で私、いきなり泣いたりなんてして、意味わかんないよね。それで、理子は気分を悪くしたんじゃないかと思って、あれ以来、理子のことを避け続けてきた。…最低だよね。」

 理子は、まだポカンとしていた。
 ポカンとしたまま、言う。

「怒って、ないの…?」
「当たり前だよ。理子こそ…私のこと、嫌いになった?」
「そんなわけないじゃん!」

 理子が、ひときわ大きな声を上げる。
 廊下を行きかう学生たちが、怪訝そうにこちらを見る。

 でも、そんな視線は、今の私には、全く気にならなかった。

「工藤くんのことは、これから2人ではっきりさせていこうと思ってる。…こんなこと、私が言う資格なんてないんだけど、」

 私は1度、そこで言葉を切る。
 深呼吸をして、理子に改めて向き直る。

「これからも、理子には、私の大切な友達でいてほしいんだ。」
「うちも、これからも、結希の友達でいたいよ!」

 理子は、今にも泣きそうな声で言う。
 つられて、私も泣きそうになる。

 廊下のど真ん中で、お互い泣きあっているヘンな女子たち。

 多分、大半の人の目には、そう映っている。

 でも、別に構いやしない。
 久しぶりに、理子と話せた。

 それだけで、私は幸せだった。

「これからも、うちの友達でいてくれる?」

 私は、力強くうなずいた。

「理子もだよ?」
「もちろんじゃん!」

 仲直り、という言葉だけでは足りない気がする。
 この状況を、どうやって表したらいいだろう。

 私たちは、泣いたり笑ったりしながら、元の関係に戻ったのだった。

「…あのね、理子。理子に手伝ってほしいことがあるんだ。」

 工藤くんには言わなかったが、理子には言ってもいいだろう。
 そう思えたのは、やはり、信頼度の問題だろうか。
 それとも……。

 私の胸が、また、チクリと痛んだ気がした。