「あ。」

 目の前を歩くその人に気付いて、私は思わず声を上げた。
 私の声に反応して、その人はゆっくりと振り返る。

 理子。

「ゆ、結希…。」

 そうだ。
 理子とは、さっきも女子トイレで会ったんだった。

 …気まずい。

 この間、工藤くんの告白の話をしてから、私と理子はまともに話せていない。
 と、言うより、私が一方的に避けてきたのだ。

 怖いから。

 理子に、嫌われてしまったんじゃないか。

 そう考えると、どうしようもない恐怖が足元から這い上がってきて、理子と目を合わすことさえもできなくなってしまう。

 でも、今は違う。
 いつまでも、理子から逃げ続けているわけにもいかない。

 現実から、目をそらすな。

「理子、あの、」
「結希、ごめんっ!」

 私が何か言う前に、理子が勢いよく頭を下げる。

「この間は、本当、言いすぎた。工藤くんとか一ノ瀬のことは結希の問題なのに、うち、部外者のクセに出しゃばって…。」

 …そんなこと、私は全然気にしていない。
 むしろ、理子の言うとおりだと…。

「うちの言葉で、結希のことを傷つけたんじゃないかって思って、本当に、変なこと言って悪かったなって思ってて、反省、してて…。」

 私の脳は、フリーズしていた。

 私はずっと、理子は怒っているものだと思っていて、それなのに。

 今、理子はどういう訳か、私に頭を下げている。