勢いで、中庭まで出てきてしまった。
ああ。
なんで私、理子の前から逃げたりしたんだろう。
よりいっそう、理子に話しかけづらくなってしまったではないか。
…自業自得だ。
「…ふっ。」
私の口元から、思わず笑みがこぼれた。自嘲的な笑みだ。
自分で自分が嫌になる。
「あっ…。」
私の目に、彼の姿が映る。
彼は、中庭の隅に位置するベンチに、気持ちよさそうに横たわっていた。
一ノ瀬先輩。
私がそう呼びかける前に、彼の方が、私に気付いた。
私の顔を見ると同時に、大きな目をさらに見開いた。
驚いている。
そういえば私、さっきまで泣いていたんだっけ。
一ノ瀬先輩はベンチから起き上がると、私に向かって駆け寄ってきた。
「一ノ瀬先輩、」
「どうした?」
彼は、私の顔をのぞき込む。
「顔、赤いけど。何かあった?」
先輩の、低くて優しい声。
かけてくれる優しい言葉。
その全てが好きなのに。
一ノ瀬先輩には、もう、愛すべき人がいるんですね。
『彼女を紹介されたことがあってさ。』
先ほどの男の子の言葉が、鮮明によみがえる。
私の眼のふちが、熱を持ち始める。
また泣きそうだ。
ダメだ、こんなところで泣いたら。
一ノ瀬先輩には、泣いているところを見られたくない。

