近くにあった女子トイレに駆け込み、鍵を閉める。
 それから、涙が枯れるまで泣き続けた。

 これじゃあ、目が腫れちゃうよ…。

 一ノ瀬先輩には、彼女がいる。

 この、覆しようのない事実に、こんなにもショックを受けるなんて。
 私、相当、一ノ瀬先輩のことが、

 好きなんだ。

 あの男の子に一ノ瀬先輩のことを聞いたのは、当然先輩に会うためだ。
 でも、

『彼女を紹介されたことがあってさ。』

 それを聞いた途端、会いたくなくなった。

 別に、好きじゃなくなった、とか、そういう理由ではない。
 本当に、ショックだったのだ。

 このショックを抱えたまま、一ノ瀬先輩に会いに行くのは、申し訳ないように思える。
 それに、私にも、心の準備が必要だ。

 でも、私は、一ノ瀬先輩に会わなければならない。
 会って、聞きたいことがある。

 うん。
 会いに行こう。

 このショックを、上手いこと隠して。

 そう決心した私は、トイレの鍵を開けた。
 その瞬間。

 私の視界に、理子の姿が飛び込んできた。

 驚いて、目を見開く。
 理子もまた、目を見開いていた。

「り、理子…。」

 私の口から、理子の名前が漏れる。

 理子の驚いた表情が、瞬時に、心配そうな表情に変わった。

「結希!どうしたの、その顔?!」

 私は驚いて、鏡に視線を移した。

 そこに映る私の顔は、目やら鼻やら、とにかく真っ赤だった。
 一目見ただけで、泣いたあとだということがよく分かる。

「結希、何かあったの?大丈夫?!」

 理子が、1歩、私に近づく。

 ダメ。
 まだ、心の準備ができていない。

「……ごめん、理子。今度、ちゃんと話すから。」

 かろうじてそう言うと、私は女子トイレを飛び出した。