惚れたら最後。

少しタバコ臭い車内はとても静かだった。

ただ、星奈のすすり泣く声のみが耳に響く。

絆は流星の隣に座って傷の止血をし、声をかけながら見ず知らずの幼児を気遣っていた。

応急処置が終わるとスマホを取り出しどこかにかける。

静かな車内ではスピーカーにしていなくとも呼出音が聞こえた。

その様子をぼんやりと見ていると、彼は急に話しかけてきた。




「“リュウセイ”は何歳だ?」

「5歳と11ヶ月……」

「そうか……ああ、俺だ。急患をひとり診てほしい。
5歳の男児だ。階段で足を滑らせ頭を打って額から出血、それから発熱の症状がある」



呼び出し音が途切れ、誰かと会話を始めた絆を見てうつむいた。

……情けない。保護者失格だ。



「……琥珀?」



その声に、後悔とともに流れた涙を見つめられていることに気がついて顔を逸らした。

しかし絆は片腕でぐい、と抱き寄せると耳元でささやいた。



「抱かれとけ。ちょっとは落ち着くだろ」



そう言われても落ち着けるわけがない。

一度肌を重ねた間柄だ。否が応でも意識してしまう。

流星が苦しい思いをしているというのに、そう感じてしまう自分に吐き気がした。



「流星がこんな苦しんでるのに、私に優しくしないで」

「ああ、そうだな。今はこいつのことだけ考えろ。俺たちの話はまた後でしよう」



その声はひどく優しげで、だけど腰に回した腕は力強くて、琥珀は何も言えず小さくうなずいた。