惚れたら最後。

「顔を上げろ」




低く怒りを帯びた声が鼓膜を刺激する。

息が苦しい、震えが止まらない。

……まさか、遠くから顔を合わせたあの一瞬で私のことが分かった?

いや、そんなはずはない。

服装はまるで違うし、メイクもしてないから顔の印象も全く違う。



「おい絆、この親子は以前出会ったことがあるだけで、ただの一般人……」

「馬鹿言え憂雅、そんな偶然あるか。
大方、子どもを利用して荒瀬組に近づこうと狙っていたんだろう。
女、お前はいったいどこの回し者だ」



そういうことか、と一種の安堵を覚えた。

そうだ、こいつの中では琥珀という人間は日本にいない設定になっているんだ。

意識しすぎなのは私の方か。



「ピリピリしすぎだよ、震えてるのは絆くんの影響もあると思うけど」

「倖真、俺はお前に話しかけてねえんだ。おい女、顔を上げ───」



私は意を決して顔を上げた。