その時、初めて男と目を合わせた。

混じり気のない暗黒色の双眼。

相変わらず綺麗な瞳だなぁと、仕事中なのに見とれてしまうほどの美しさ。



「お前、名前は?」



しかし名前を訊かれて我に返った。

そうだ、自分は役者だ。今日はこの男に抱かれるチャンスを伺いに来店した、仕事帰りのキャバ嬢という設定。

なぜ設定があるのかと言うと、ここに来店する女性客はみんな変わっているから。

彼女たちは闇の世界に生きる、この極上の男に抱かれようと足を運ぶ。

一瞬でも彼というブランドにお近づきになれたと、自慢したいらしい。



星奈(せな)……です」



生憎私は抱かれたいなんて思ってないけど、万が一を考えて偽名も考えていた。

この名は私の大事な“秘密”から借りたものだ。



「それ、源氏名だろ。本名は?」



ところが男は証拠もないのにそう断言すると、再び名を聞き出そうとする。

源氏名だろって……どうしてそう思ったの?

嘘だと見破られた?それともカマをかけただけ?

まあ、キャバ嬢としては見られてるみたいだけど。



(ゆめ)……」



多少焦ったけど、本名の代わりに世界で最も尊敬する女を名乗った。

偽名とはいえ彼女の名を語るのはいい気分だ。



「夢、な。覚えた」



男は情欲的な瞳を「夢」に向ける。

自分の名前ではないのに、目を合わせて彼に呼ばれると、確かに鼓動が速くなるのを感じた。