惚れたら最後。

狼の間に入ると、父と母はいつもの位置に座って、正面に理叶さんが正座していた。

その近くにはふたりの男が控えている。

空いている箇所に座ろうと移動していると、理叶さんが向かって左側にいる男を見て口を開いた。



「司水さん、ご迷惑おかけしました」

「まったく、あなたがパクられるなんて想定外でしたよ」

「刑期はたったの半年でしたけど。
まあ、なかなか貴重な経験をさせていただきました」



司水さん、と呼ばれた細身の男。

彼は先代組長の側近の鳴海司水さんだ。

現在、潮崎組“組長代理”に務めている荒瀬組幹部だ。

そして憂雅の父親でもある。



「潮崎、てめえの出所金はなしだ。
てめえにやるはずのマンションも今はもう絆が住んでるからな」

「はは、嫌がらせのオンパレードですね、傑作だ。
まあ荒瀬組に影響がなければ俺は構いません」



俺たちが座ると静観していた親父が口を開いた。

嫌がらせ、の域を超えている対応だが理叶さんはむしろいい笑顔で対応している。

今度はふたりの様子を見ていた母さんが口を挟んだ。



「志勇、あなたってほんとひねくれてるね。
志勇が阿修羅なら理叶は菩薩(ぼさつ)だわ」

「あ?そりゃこいつはお前の前じゃ菩薩だろうよ。
壱華には本性を隠しやがって……気に食わん」

「安心してください、俺は西にいた時決めました。
おふたりを見守り、幸せを願うことを宿命とすると。
そのためなら俺はどんなことだってします。
それに壱華はあなたといる時が一番幸せそうですし。
野心なんてこれっぽちもないですよ」

「ふん、どうだか」



昔から親父は理叶さんに当たりが強かった。

そのため若い頃は過酷で汚い仕事をわざわざ任されていたと聞く。

普通の人間なら発狂するところだが、その過程でサディストの血が目覚めたのか、今では『荒瀬の狂犬』と呼ばれ、アウトローの名を欲しいままにしたヤクザになった。



「……てめえと話すのは不毛で疲れる。
壱華、こっからは仕事の話だからお前は席を外してくれ。なるべく早く終わらせる」

「そう、じゃあ家に帰って琥珀ちゃんたちとまったりお話でもしておこうかな」



理叶さんを睨んだ親父はその表情を一変させると、母さんに優しい眼差しを向けて微笑んだ。