「“野獣”の件?」
絆はその単語を聞いた途端に顔を強ばらせた。
「琥珀……『遠山 快』を知ってるんだな」
「だって……」
言葉を発しかけたけど、運転手の力さんは私の正体を知らないことを思い出してスマホからメッセージを送った。
───依頼をしてきたのは荒瀬志勇だから知ってる───と。
「……永遠は、あいつのことをまだ引きずっているようなんだ。
俺は、もう元に戻れないなら忘れるしかないと声をかけてきたが、琥珀に出会ってから考えが変わった。
永遠が快を想う気持ちを考えると、俺は……」
「絆、この問題だけは本当にどうしようもないよ」
妹を思う兄の言葉を、あえて冷たくさえぎった。
「遠山快の過去は、目を覆いたくなるような悲惨なものだから。
それに少なくともああなった原因は荒瀬組だ。
誰も状況を変えることなんてできない。絆がどれだけ頑張っても、あの少年の過去の闇は消えない」
「……分かってる」
“狼姫と野獣”の関係はあの日から冷え込んだままだ。
永遠はあんなにいい子なのに……。
仕事柄、感情移入はあまりしないけど、永遠のどこか切ない笑顔を思い浮かべるとやり切れない。
彼らについて考え込んでいると、いつの間にか絆の住んでいるタワーマンションに着いていた。



