惚れたら最後。

狼の間に戻ると敷居をまたいだところで親父が立ち止まった。

目線の先には、うつむいて時折肩を揺らす琥珀の姿が。

……泣いてるのか?

素早く琥珀の前まで移動して、しゃがんでその手を握った。



「琥珀、どうした?」



問いかけるも、琥珀はその手を握り返すだけで何も言ってくれない。

小さく嗚咽をもらしながら泣くものだから可哀想になって頭を優しく撫でていたら後ろにいた母が声を発した。



「ごめんね絆、泣かせちゃった」



振り返ると母も少し目が潤んでいる。

父はその異変に気がついて近づこうとした。

しかしその前に顔の中心でシワをぎゅっと寄せ、変な顔で固まっている組長代理の颯馬さんに話しかけた。



「なんだその顔」

「泣かないように我慢してんだよ。
いやあ、歳とると涙もろくなるってほんとだね」



どうやら、隣に立つ颯馬も少し感傷的になっている様子だった。

琥珀はいったい何を話したのだろう。

多少の不幸話ではびくともしない身内が涙ぐむほどの話だったのか。



「志勇、この子とってもいい子よ。年の離れた弟と妹をひとりで見てるんだって。
まだ18歳よ?立派だわ」



ふと母さんが親父に向けて笑顔を向ける。

すると親父は元いた位置に移動して、あぐらをかいた脚の上に肘を置き、頬杖をつきながら琥珀を見た。



「本当に18か?」

「ふふっ、大人びてるから分かんないよね。
でも女の子ってメイクでずいぶん雰囲気が変わるから」

「ああ、なるほど。壱華もすっぴんは幼く見えてかわいいもんな」

「うわぁ、兄貴だらしない顔」

「うるせえな、お前もさっき梅干し食った後みてえな顔してたぞ」

「ふふっ、颯馬すごい顔してたもんね」



冗談を混じえいつも通りの会話を交わす身内を横目に琥珀を気遣った。

ゆっくりと顔を上げた彼女はその瞳に何かを写すと背筋を伸ばした。

その眼差しは正面に座る父に向けられていた。