家の外にいたのは、通常サイズに戻っているグリフォン。
 そしてその足元にいるのは、見たことのない――顔は見たことがないが、獣耳や尻尾などは漫画で見たことのある獣人男性。
 色々と突っ込みを入れたいが、アガタは男の傍にしゃがみ込んで、一番に確認したいことを口にした。

「……あの、どなたですか?」
「いや、その質問の前にこの状況を何とかしろって!」
「すみません。離した途端に、乱暴されると怖いので」
「ご安心下さい。アガタ様には、指一本触れさせません」
「お前らなぁ……あー、解った! 埒が明かねぇから、名乗ってやるよ……物売りの、ランだ」
「物……って、何を?」
「てか、このまま話続けるのかよ……蜂蜜とか、蜂蜜酒だよ。売り切った帰りだから、見せられる物はないけどな」
「蜂蜜!?」

 突っ込みを入れてきながらも、男――ランが、律義に(諦めてかもしれないが)答えてくれる。その内容と言うか『蜂蜜』というキーワードに、アガタは思わず声を上げた。
 この異世界にも、甘味はあるらしい。こういう言い方になるのは、知識としては知っているがお約束な感じで高級品なので、庶民の口にはなかなか入らないのだ。それ故、アガタも口にしたことはない。

(今までは、単に『そういうもの』だと思っていたけど……この国、砂糖が育ちそうな気候じゃないわよね? 輸入?)

 砂糖とくれば、浮かぶのはサトウキビかてんさいだ。しかし常春で穏やかな気候であるこの国では、暑いところで育つサトウキビも寒いところで育つてんさいも育てるのは難しそうだ。
 そうなると、他国と交流があるのだろうか――そこまで考えて、結界の存在に引っかかる。
 しかし、この国に獣人がいると聞いたことがない。そう考えると、ランはエアヘル国の外から来ていることになるので、誰彼構わず行き来出来ない訳ではないようだ。悪意があれば入れないので、逆に言えば悪意がなければ普通に入って来られるということだろうか?
 そこまで考えたところで、アガタのお腹が鳴って空腹を訴える。考えてみれば、昨日の朝に食べたきり丸一日食べていなかった。

「アガタ様……すみません、気が回らず」
「い、いいのよ。今までだったら疲れて、空腹なんて感じなかったけど……ぐっすり寝たからかな?」
「……おい。少し手、離せ」
「何を……」
「売り物じゃねぇけど、蜂蜜飴が何個かポケットに入ってるから……嬢ちゃんに、やるよ。だから、代わりに俺の頼みを聞いて貰えないか?」
「飴……」

 飴では腹は膨らまないが、今生では初の甘味である。
 それ故、魅惑の単語を聞いた瞬間、アガタのお腹は返事をするように再び鳴った。