「……それで? 君は、亜人ではないと?」
「違う」

 あの後、駆けつけた使用人達が話す豹を見て、亜人かと呟いたが――今のように、キッパリ違うと言ったので父親であるオーリンに報告した。
 ならば何かと尋ねる前に、父が来ることになったのでオリヴィア達も、彼の正体を知らない。
 そしてオリヴィア達が見守る中、豹のような彼はその金色の瞳をオリヴィアに向けながら、可愛いドヤ顔で名乗った。

「俺は、獏……夢を食べる、幻獣だ!」
「「「げ……幻獣!?」」」
「ああ。さっきは疲れて腹ペコだったから、ちょっとやられちまったけど……飯さえ食えれば、負け知らずだ!」
「め……ごはん? ゆめ?」

 幻獣という単語に、一同がざわついた。一方、オリヴィアはと言うと驚きもしたが、それ以前に戸惑っていた。
 獏と言うと、前世でも幻想の動物としていたが――図鑑で見ると馬の仲間らしいが、むしろアリクイに近かった。とは言え幻獣と言われるくらいだし、何せ異世界なのだからそういうものだと思うべきなのだろう。

(でも、夢って……触ったら傷が治ったってことは、私のってこと?)

 そこまで考えて、オリヴィアは青ざめた。もしかして、前世の記憶が関係しているんだろうか?
 しかし家族や使用人達には、自分の前世や異世界については話していない。嫌われないと思うが、そこを突っ込まれると説明に困ってしまう。
 そんなオリヴィアの動揺を知ってか知らずか、豹――いや、獏の彼は言葉を続ける。

「……年の割に、頭良いだろ? 考えてることまでは解らないけど、そういう空気みたいなのが俺らには大好物なんだ」
「なるほど……確かに、娘は可愛いだけではなく賢いですね」
「そうそう」
「…………」

 真顔で褒める父に照れるが、今の感じだと獏である彼に庇われた気がする。
 だが、ここでは聞けないし――と思っていると、獏の彼は金色の瞳をくりくり動かしながら言葉を続けた。

「もしよければ、しばらくこの子の傍にいさせてくれないか? 餓死することはないが、夢にも相性がある。この子の夢は、他では食べられないご馳走なんだ」
「……幻獣である君が、我が家に?」
「駄目か?」
「え……」

 父のオーリンではなく、オリヴィアを見上げて尋ねてこられて言葉に詰まる。伝説の存在である幻獣だが、見た目は可愛いモフモフ。しかも、自分の秘密を握っているかもしれない相手と、このまま別れたくはない。

「とうさま……おねがい」
「……君の名前を、つけさせてくれ。私からでは抵抗があるなら、娘からでもいい」
「『名付け』を知ってるのか。いいぞ、その子につけて貰えるなら」
「え……なまえ? え?」
「オリヴィア。『名付け』とは高位の幻獣や魔物が、主と定めたから名前を与えられることで、その名付け親に逆らえなくなるという儀式だ。だからどうか、彼に名前をつけてくれ」
「俺からも頼む」
「えっ……」

 オーリンと獏の両方から言われ、オリヴィアは迷ったが――キチンと話をしたかったので、覚悟を決めた。それから少し考えて、前世の単語でこちらっぽい言葉を口にした。

「……ヴァイス」

 前世の言葉で力、そして白という意味だ。