「尼子の陣はもぬけの殻です!」


 我々に気付かれぬうちに遠くまで逃げおおせるよう、尼子軍は陣をそのままにし。


 たいまつも焚いたまま、撤退した後だった。


 この機を逃さず追撃し、尼子本隊を完膚なきまでに叩きのめすべきであったが、夜の闇と折からの吹雪が追撃を妨げた。


 「陶どの、深追いは危険です。このままにしておきましょう」


 気がはやる私を押し留めたのは、毛利元就だった。


 「この雪では尼子の連中も出雲にたどり着く前に、多くの者が命を落としてしまうでしょう」


 「……」


 私は尼子が逃げていったと思われる山のほうを眺めた。


 夜の闇で真っ暗ではあるが、ここよりもはるかにひどい吹雪が、尼子軍の行く手を遮っていることだろう。


 武士が戦で命を落とすならばまだしも、逃げ帰る途中に寒さと飢えで行き倒れになってしまうのは……あまりに惨めな末路である。