厳島に散ゆ~あんなに愛していたのに~

 ……宝泉寺を密かに脱出し、裏山から伸びる山道を落ち延びられていく御屋形様一行。


 冷泉どのが先導するも、普段長距離を歩くことなどない公家や、まだ年若い義尊さまも同行しているため歩みは遅い。


 いつ背後から陶の軍勢が迫ってくるか気が気ではない中、ひたすら夜の闇の中を日本海側の長門国目指して歩みを進められた。


 「あっ」


 御屋形様が声を出された。


 「いかがなされました?」


 冷泉どのが駆け寄り、たいまつをかざす。


 「木の枝が……」


 暗い山道ゆえ足元がおぼつかない中、御屋形様は道に落ちた木の枝で足に切り傷を負われてしまった。


 「御手当てを」


 「いや、大したことはない」


 応急処置を即座に済まされ、御屋形様は再び歩き出された。


 「……かつて富田若山城まで五時間馬に揺られて、五郎に会いに行ったものだが」


 御屋形様は木々の隙間から覗く夜の空を見上げながら、つぶやかれた。


 「まさか今こうして、五郎から逃れるために夜道を急ぐことに、それぐらいの時間を要するとは」


 自らの運命の皮肉を笑いながら、御屋形様は歩き続けられた。


 辺りは風が強くなり始めていた。


 どうやら嵐が近付いているようだった。