「貞子さま、そろそろ……」


 背後に仕えていた侍女が、貞子さまに時を知らせた。


 「彩子(さいこ)、では戻るとする」


 彩子という侍女もまた、京の都より貞子さまにお仕えするよう遣わされた者。


 おとなしそうな顔をしているが、陰では何を考えているか分からないような気がして、私は苦手だった。


 背を向ける際、彩子はちらっと私のほうを見た。


 冷淡な目線。


 この者は私の敵であると、本能で感じ取ることができる。


 いずれよからぬことが起こりそうな予感がする。


 「では隆房、また」


 妖艶な笑みを浮かべ、貞子さまは着物の裾を翻した。


 侍女を引き連れ、渡り廊下を歩き去って行かれる。


 貞子さまと私はかつて、微妙な間柄だった。


 高貴な生まれのご正室を顧みず、寵童にうつつを抜かす大内家当主の有様は、周囲の語り草となっていた。


 貞子さまも私のことでは、不愉快な思いをなさったことも数知れないだろう。


 だが今は。


 御屋形様の寵愛を失った者同士、不思議な連帯感というか親近感みたいなものがあり、距離を縮めていたのだった。