【改訂版】CEOは溺愛妻を杜に隠してる

 護孝さんはしずかな声で、父に語りかけた。

「お父上には、俺は可愛い娘を奪っていく憎い男でしょう」

 しかめ面がその通りだと、雄弁に語っている。

「正直、貴方の了承が得なくても俺はひかるを攫っていく。貴方より彼女を幸せに出来る自信もある」

 あまりの発言に、父の拳がわなわなと震えた。
 父を止めようとする私を、護孝さんは手で制した。

「悔しいことに、俺が与える愛だけでは彼女の幸せは完全ではない。ひかるが結婚式を晴れやかに迎えられるように、貴方に許しを得たい」

 護孝さんが椅子から立ち上がり、正座した。

 土足厳禁だけど、スタッフが皆土まみれだから掃いても細かな土埃が残る床に、護孝さんは両手を床につくなり頭を下げる。 
 慌てて、私もならう。

「気が済むまで、蹴るなり殴るなりして頂いて構わない」

 父の体が反射的に動いたので、護孝さんを庇った。けれど護孝さんがそっと私を下がらせ、逆に庇われた。

 私のために頭をさげてくれてる彼の背中を、じっと見つめる。
 大きくて、逞しい。
 すがりつきたいのを、一生懸命我慢した。

「絶対ないが、俺が浮気もしくは離婚した際には、持っている全ての財産をひかるに譲るつもりだ。信用できないとおっしゃるなら、婚前契約書を提出する」

 父は振り上げた拳を膝の上におろして、私達二人を交互に見た。
 私と目を合わせながら、護孝さんを指差した。

「お前は本当にこの男に嫁ぎたいのか。困難と茨の道だぞ」 

 ……あまりに馴染みすぎて忘れがちだったけれど、一職人の父も雇い先の令嬢と格差婚をした人だった。

 母と結婚した頃には、父は祖父の名跡を受け継いですでに名声をものにしていたけれど、色々言われたのだろう。

 今も錚々たる方々の有する庭を預かって、苦労をしょっているであろう父の言葉はずしんと響く。

「俺が彼女を」

 口を開きかけた護孝さんを父はにらみつけた。

「貴方がひかるを守るのはわかりきっている。大事にしてくれない男になど、娘はやれん。私はひかるの覚悟を聞いているんだ」

 父にぴしゃりと言われて、護孝さんは口を噤んだ。