【改訂版】CEOは溺愛妻を杜に隠してる

「……俺の父との間に、そんな話が」

 護孝さんは呟いた。
 私も初めて聞く話だった。

「お父さん……」

 私の浅はかさが、護孝さんを傷つけ父に負担を強いてしまった。

「お前が気に病む必要はない。俺はお前の親なんだから。なにかあったとき、お前を守るのが父である俺の権利であり役得だからな。……だが」

 父がじろりと護孝さんをにらんだ。

「この子を借金のカタかなにかのように扱う、あんたは許せん!」

 お父さんの大音量に窓ガラスがビリビリと震える。

『親方なら、素手で熊とやりあった挙句、勝てそう』
 ……お弟子さんが言ってたことを思い出した。
 護孝さんが父に向き直った。

「本日、私は三ツ森氏に二つのお願いをしようと思ってまいりました。一つしか赦さぬ、とおっしゃるなら、ひかるさんに我がプロジェクトに参加頂くことを了承いただきたい」

「な、んだと」

 父が呻いた。
 私も顔をこわばらせた。

 結局『オファーと求婚は別』ってそういうこと?
 だったら、すごーくもったいないけど、オファー蹴ってやる!

 なによ、人のこと無理やり堕としたくせに!
 ん?
 私、堕とされた認識なの?

 あ。
 もやもやして、つかみかねていたものが形になっていく。
 悔しいってことは。

「多賀見家には既に了承を取り付けてあります」

「〜〜っ! 貴方は、ひかるを馬鹿にしているのか!」

 再び父が吠えるのを、護孝さんはしっかりと受け止めた。

「みくびらないで頂きたい。彼女との結婚については認めてもらうまで、どれくらい時間がかかろうとも俺が努力すべきことだ」

 父がおし黙る。

「過去を持ち出して了承をねだれば、それはお願いではなく強制だ。俺はひかるをとても欲しいが、彼女を冒涜することはしない」

 ぐぬぬ……という唸り声が父の喉から漏れた。

「俺は造園師の『光』氏も、女性としてのひかるも手に入れたい。どちらも俺にとって必要不可欠な存在だ。しかし、どちらか一方をと問われれば、彼女を妻にしたい」

 父がへの字口になったのは完敗の証拠だったが、最後の砦とばかりに私を見た。

「お前は……っ、この人が好きなのかっ?」

 父の声がわななく。

「隠岐さんは、護孝さんは私の王子様だったの」

 私は消え入りそうな音量で呟いた。

 うわ、無茶苦茶恥ずかしい。

 初恋の人が護孝さんだったとか、今また男性としてまみえたこの人を好きになってしまった。
 自覚すると、いたたまれないような、面はゆいような。

 モジモジしている私に思うところがあったのか、父はうがあ!と頭を抱えながら、三度吠えた。

 ああ。ガラスをガムテープかなにかで補強しておくべきだったろうか。
 台風直撃、大木が倒れてきたクラスのストレスを窓に与えてしまった。

 あ!
 護孝さんの鼓膜が心配。
 私はそっと彼の首を自分に振り向かせた。
 ん?と目を見張っている護孝さんの両耳を塞ぐ。
 少しでも彼の鼓膜に届く轟音をやわらげられれば。

 私の意図がわかったのだろう、護孝さんがにこりと微笑む。

 仲睦まじく見えてしまったのか、父が真っ赤になった。

「だから俺はっ、イヤな予感がするからひかるが『王子様』に会いたがるのを阻止してたのにっ!」

 むむ。
 父よ。
 王子様との仲を裂いたのは貴方でしたか。