「俺が貴女と結婚したいんだ。勿論、ひかるを必ず堕とすけど、オファーと結婚は別物と思って構わない」

「……オファーを承諾しても、結婚はお断りしていいって聞こえます」

 どうして私にこそ選択肢があるように言い直すの? 

 不思議に思い、首をかしげたら抱きしめられた。

「そう言った。貴女はきっと『結婚出来ないから仕事も断らなきゃ』と思い詰めてしまうだろう?」

 ……よくおわかりで。

「ひかるのペースに合わせるよ。あまり待ってはやれないが」

 頭に落ちてきた真摯な声と、耳に聴こえてくる早い鼓動に、彼も緊張しているのだとわかる。

 ……要所要所、トンデモ発言が挟まってたような?

「貴女を怖がらせることはしない」

 言葉通り、隠岐さんはそれ以上なにもしなくて。
 彼の心音と体温に安心した私は、ごく自然に返事をしていた。

「……はい」

 抱きしめられているのが思いのほか心地よく、しばらくお互いを感じていた。

 隣室のドアが開く音が聞こえたので、隠岐さんが私の乱れた髪を直してくれた。

「……いまさらだが、貴女の苗字と連絡先を教えてくれないか」

 私は名刺を取り出しながら答えた。

「申し遅れました。私、三ツ森ひかると申します」

 隠岐さんはなぜか私があげた名刺を凝視していた。
 深沢さんも固まっている。

「え? …………まさか、ひかるは……」

「はい、事務所長の大樹が父です」

 言った途端、隠岐さんと深沢さんの顔が強張った。
 やっぱり。

「父が熊とか言われてるの、気になりますよね?」

「え? ………………いや」

 ん? 妙な間があった?
 気のせいかな。

「プロジェクトについて、私も父の説得に全力を尽くします!」

 握りこぶしでやる気を見せたら、隠岐さんの顔がこわばった。

「わかっ、た」

 あれ。気合いが入り過ぎてて、引かれた?
 伯父様と深沢さんの肩が震えていた。