新婚旅行後、祖母とひかるの最終確認を経て杜の植樹は完了した。

 祖母は輝くような笑顔を見せてくれた。
 ひかるを抱きしめて嬉し涙をこぼす祖母に、妻への誇らしさで胸がいっぱいになる。

 集められた造園チームは別れを惜しみつつ解体され、ひかるを含めて数人を残して別の庭へと移っていった。

 あとは樹木を剪定しながらゆっくりと育てていく、次の段階に移行するのだ。  

 ……ずっと考えていた。

『杜が完成したら、ガードマンをつけてひかるを外に出しません』

 結婚式のとき、ひかるの父である大樹氏へ誓った言葉は本心だった。
 
 再会のとき、黒松を見上げている彼女の表情にドキリとした。
 俺の妖精。
 俺のために生まれてきた女だと直感した。 

 ひかると再び出会ってから、いつでもひかるが恋しい。彼女が欲しくてたまらない。 

 まして、彼女が『光』でもあると知った時から。
『ひかるを杜のなかに隠したい』と。

 俺しか知らない杜の中に、ひっそり。
 本音としては人目に触れさせたくない、彼女の目に自分以外の人間を映して欲しくない。 

 非現実的だとわかっている。
 あの義父や義伯父がいても物理的には可能だが、それは彼女が求める幸せとは違うから。

 ……我ながら、女性にこんなに執着することがあると思わなかった。  

「護孝さん?」

 ひかるが俺を見つめていた。
 いけない。
 俺のひかるに『君の夫は、君を杜に閉じ込めたがってるんだ』などと知られてはいけない。

 だが。

「私がガイドを?」
「ああ。ひかるが適任だと思ってね」

 ネイチャーガイド及び別邸についてのガイドをしてほしいとの俺からの提案に、ひかるの箸が止まった。

「トラストはしないけど、考えてはいたんだ」

 海外では、領主が先祖代々住んできた城を保全団体に管理してもらい、自らガイドをすることも少なくない。

 別邸とは、やはり祖母が結婚の際に贈られた建物だ。

 戦時中は疎開先として。
 戦後は避暑地として、または長期休暇によく利用していたという。

 外観は純和風の建物であるが、中身は和洋折衷だ。
 なかでも洋室は俺達が滞在したホテルの、開業した当時のスイートを模した作りとなっている。

「へえ? 当時、すごいモダンだったんじゃない?」

 ひかるが目をまん丸くしてこちらをみつめるのが、小動物みたいで可愛い。

「そうだろうな。今となってはマニア垂涎ものらしくて、見学希望はひきもきらない」

 実際に、好事家から部屋ごと譲ってほしいという要望は年に数件はある。

 また、隠岐家は海外にも知り合いや取引先が多く、別邸が解放されるのなら見学したいという問い合わせが絶えないのだ。

「VIPクラスの接待だから俺がやってもいいんだが、慎吾からいっそツアーにしたらどうかと言われてね」

 実は最初、反対をした。
 しかし植樹による里親制度の発足もあり、世間の杜への関心が高まっている。
 プロジェクトを理解してもらうことの意義は大きい。
 事件のときの、ひかるがつぶやいた『人の目で森を守る』という一言が考え直すきっかけになった。

 商業的には黒字にはなりえないが、公開日を決めて見学希望者を募れば、安全面が確保出来る。
 ツアー客は厳正な事前調査をパス出来た人物のみ。
 
 そして。
 ひかるが手入れしているゾーンは警備員によってガードさせる。
 硫酸をかけられた事件があるから、警備員を彼女も客も受け入れやすいはずだ。

「ひかるなら、庭のことは誰よりも詳しい」
「……当主クラスの仕事、なんだよね?」
「ああ」

 ひかるはしばらく考えたあと。

「やらせていただきます」
 キッパリと言ってくれた。