遅めの朝食――というかすでにお昼近くなので昼食というか――を終えると散策に出かける支度をする。
別室で着替えてから戻ってくると、護孝さんが悪戯っぽく笑う。
「ひかるは歩いて見たいだろ? ウォーキングシューズ……準備万端だな」
シンガポールは服装については特に決まりはないので、女性が肌を出しても罰せられない。
念のため、日除けと冷房避けであろう薄いカーディガン、つば広の防止。
そして、ややごつい、歩き回る為であろうサンダルという出立ち。
「暑いからね。一時間に一度は休憩を取るつもりだけど、こまめに水分補給しよう」
わかった、と元気にうなずいてから。
「護孝さん、かっこよすぎ……」
小さくつぶやいた。
サングラスに開襟シャツ、カーゴパンツ。筋肉がついていて姿勢がよいので、立っているだけで絵になる。
あー、もう。デジカメ持ってくればよかった。護孝さんフォルダ作ればよかった。
日本に帰ったら、早速始めよう。
◆
「おお……」
オーチャード駅とサマセット駅の中間に位置するパラゴンは、ラグジュアリーなモールなのだと彼から教わる。
怯えてあとじさると、護孝さんに肩をがっしり抱かれて、制止させられた。
にぃぃぃっこり。
こういう笑顔を彼が浮かべたときは要注意。
「とりあえず、ひかるの肝試しからいこうか」
「……はい?」
肝試しとは日本未上陸の、しかし世界的なブランドの店を巡ることだった。
「も、護孝さん。体感、敷居が一〇〇mほどあります」
「実寸三cmってとこだね」
足が竦んでいる私の腰を抱いて、護孝さんは平気で入っていく。
「ひかるのお祖母様にどうだろう?」
品物を手にとっては巧みに聞いてくれるので、お祖母様には香水。
お義母様にはレースの手袋。
伯母様には最上のローン地のブラウス……といった具合に、あれよというまに女性陣への土産を買い込んでしまった。
「いいペースだな」
護孝さんは呟き、ハイブランドの店を回ってぐったりした私に、ランチにしようと誘ってくれた。
地下へと降りていく。
地下四階にあるフードコートには、美味しそうな店が立ち並ぶ。
「せっかくだからシンガポールのローカルフードを食べないか」
「はいっ!」
「とりあえずチキンライスは外せない」
「チキンライス?」
メニューを見ながら、護孝さんがウインクしてきた。
「ひかると俺なら、ラクサにホッケンミー、フィッシュボールにマサラドーサくらいはいけるかな」
テーブルに並んだチキンやシーフード。異国風のスパイシーな匂いにお腹が刺激され、きゅるる……と鳴る。
護孝さんが取り分けててくれた。
「んっ!」
一口頬張るなり、目をカッと見開いた。
「美味しい?」
聞かれて口の中に入ってたので、コクコクとうなずく。
チキンにエビにカニ。食べ慣れた食材だけど、国が変わるとこんなにも違うんだ。
辛いものが苦手だから、なんとなくアジアンフードに近寄らなかったのだが、辛いだけではなく奥深い味わいが口の中いっぱいに広がる。
喉を通り過ぎるとき、少しカッとなる気もするが胃に落ちていくと、体がほかほかと裡側から温まってくる。
気がつけば代表的なローカルフードと言われるものを殆ど食べてしまった。
「腹ごなししたら、運動するぞ」
「え」
きっと頬が赤く染まっている。
護孝さんが私の頬にそっと手を添えた。
「メインディッシュは一番最後って決まってる。次はひかるの好きなところへ行こうか」
◆
二時間もモール内をひやかせば、休憩したくなってくる。
想像以上にぐったりしてしまったのは、私が興味を示した店に入っては、なにかしら買ってもらってるから。
楽しそうに、次はどの店を回ろうかと思案している護孝さんは、夜に凄まじいほどの艶を放っていた人と別人みたい。
でも。
『ひかるの肌には、シルクしかまとわせたくないなぁ』
『イヤリングが顔の傍で揺れていて、可愛いな。……これだけ身につけた、ひかるが見たい』
『官能的な香りだ。首筋につけて、構わない?』
品物を手に取りながら耳元でささやかれたら、誰だって熱中症もどきになると思う。
灯された火が、体の内側に熱を放っていく。
目を貴方から離せず、耳は貴方の声を聞きたがる。
お願い、夜まで待ちたくないーー!
と、懇願する前に。
「お茶にしようか」
危なかったぁー!
誘ってもらえて、セーフっ。
クールダウンしよう。
「……なかなか、しぶといな」
「え?」
「こっちの話」
テーブルに向かうのに腰に添えられた手に、ふと気づく。
「結構買い物したと思うんですけど……」
私も彼も、ホテルを出たときのように自分のバッグくらいしか持ってない。
増えたものといえば、清涼飲料水のボトルだけ。
支払うたび、護孝さんが店員になにか言っていた。
「ホテルに運んでもらってる。特に今、必要なものはないしね」
文句を言いそうな私に、夫は素晴らしい微笑みを向けてみせる。
「俺に出来る範囲で、小さく経済を回してるだけだよ?」
……段々と悟らざるを得ない、
彼は私に反論させたくないときにこの表情になるのだ。
ううう。
私が護孝さんの笑顔に弱いの知ってて!
それにしても『金は天下の回りもの』というしかないのか。
あるいは『ノブレス・オブリージュ』とでも言うべきなのか。わかる気もするが、ただ圧倒されてしまう。
多分、夫には私の葛藤はお見通しなのだろう。
「ひかるも慣れてほしい」
静かな声だった。
慣れるものなのだろうか?
「とりあえず、俺が奢ることを黙認してくれ」
「う、うーん……?」
いまいち納得出来ていない私がむう、とふくれていると可愛くて仕方ないという表情を向けられてしまった。
別室で着替えてから戻ってくると、護孝さんが悪戯っぽく笑う。
「ひかるは歩いて見たいだろ? ウォーキングシューズ……準備万端だな」
シンガポールは服装については特に決まりはないので、女性が肌を出しても罰せられない。
念のため、日除けと冷房避けであろう薄いカーディガン、つば広の防止。
そして、ややごつい、歩き回る為であろうサンダルという出立ち。
「暑いからね。一時間に一度は休憩を取るつもりだけど、こまめに水分補給しよう」
わかった、と元気にうなずいてから。
「護孝さん、かっこよすぎ……」
小さくつぶやいた。
サングラスに開襟シャツ、カーゴパンツ。筋肉がついていて姿勢がよいので、立っているだけで絵になる。
あー、もう。デジカメ持ってくればよかった。護孝さんフォルダ作ればよかった。
日本に帰ったら、早速始めよう。
◆
「おお……」
オーチャード駅とサマセット駅の中間に位置するパラゴンは、ラグジュアリーなモールなのだと彼から教わる。
怯えてあとじさると、護孝さんに肩をがっしり抱かれて、制止させられた。
にぃぃぃっこり。
こういう笑顔を彼が浮かべたときは要注意。
「とりあえず、ひかるの肝試しからいこうか」
「……はい?」
肝試しとは日本未上陸の、しかし世界的なブランドの店を巡ることだった。
「も、護孝さん。体感、敷居が一〇〇mほどあります」
「実寸三cmってとこだね」
足が竦んでいる私の腰を抱いて、護孝さんは平気で入っていく。
「ひかるのお祖母様にどうだろう?」
品物を手にとっては巧みに聞いてくれるので、お祖母様には香水。
お義母様にはレースの手袋。
伯母様には最上のローン地のブラウス……といった具合に、あれよというまに女性陣への土産を買い込んでしまった。
「いいペースだな」
護孝さんは呟き、ハイブランドの店を回ってぐったりした私に、ランチにしようと誘ってくれた。
地下へと降りていく。
地下四階にあるフードコートには、美味しそうな店が立ち並ぶ。
「せっかくだからシンガポールのローカルフードを食べないか」
「はいっ!」
「とりあえずチキンライスは外せない」
「チキンライス?」
メニューを見ながら、護孝さんがウインクしてきた。
「ひかると俺なら、ラクサにホッケンミー、フィッシュボールにマサラドーサくらいはいけるかな」
テーブルに並んだチキンやシーフード。異国風のスパイシーな匂いにお腹が刺激され、きゅるる……と鳴る。
護孝さんが取り分けててくれた。
「んっ!」
一口頬張るなり、目をカッと見開いた。
「美味しい?」
聞かれて口の中に入ってたので、コクコクとうなずく。
チキンにエビにカニ。食べ慣れた食材だけど、国が変わるとこんなにも違うんだ。
辛いものが苦手だから、なんとなくアジアンフードに近寄らなかったのだが、辛いだけではなく奥深い味わいが口の中いっぱいに広がる。
喉を通り過ぎるとき、少しカッとなる気もするが胃に落ちていくと、体がほかほかと裡側から温まってくる。
気がつけば代表的なローカルフードと言われるものを殆ど食べてしまった。
「腹ごなししたら、運動するぞ」
「え」
きっと頬が赤く染まっている。
護孝さんが私の頬にそっと手を添えた。
「メインディッシュは一番最後って決まってる。次はひかるの好きなところへ行こうか」
◆
二時間もモール内をひやかせば、休憩したくなってくる。
想像以上にぐったりしてしまったのは、私が興味を示した店に入っては、なにかしら買ってもらってるから。
楽しそうに、次はどの店を回ろうかと思案している護孝さんは、夜に凄まじいほどの艶を放っていた人と別人みたい。
でも。
『ひかるの肌には、シルクしかまとわせたくないなぁ』
『イヤリングが顔の傍で揺れていて、可愛いな。……これだけ身につけた、ひかるが見たい』
『官能的な香りだ。首筋につけて、構わない?』
品物を手に取りながら耳元でささやかれたら、誰だって熱中症もどきになると思う。
灯された火が、体の内側に熱を放っていく。
目を貴方から離せず、耳は貴方の声を聞きたがる。
お願い、夜まで待ちたくないーー!
と、懇願する前に。
「お茶にしようか」
危なかったぁー!
誘ってもらえて、セーフっ。
クールダウンしよう。
「……なかなか、しぶといな」
「え?」
「こっちの話」
テーブルに向かうのに腰に添えられた手に、ふと気づく。
「結構買い物したと思うんですけど……」
私も彼も、ホテルを出たときのように自分のバッグくらいしか持ってない。
増えたものといえば、清涼飲料水のボトルだけ。
支払うたび、護孝さんが店員になにか言っていた。
「ホテルに運んでもらってる。特に今、必要なものはないしね」
文句を言いそうな私に、夫は素晴らしい微笑みを向けてみせる。
「俺に出来る範囲で、小さく経済を回してるだけだよ?」
……段々と悟らざるを得ない、
彼は私に反論させたくないときにこの表情になるのだ。
ううう。
私が護孝さんの笑顔に弱いの知ってて!
それにしても『金は天下の回りもの』というしかないのか。
あるいは『ノブレス・オブリージュ』とでも言うべきなのか。わかる気もするが、ただ圧倒されてしまう。
多分、夫には私の葛藤はお見通しなのだろう。
「ひかるも慣れてほしい」
静かな声だった。
慣れるものなのだろうか?
「とりあえず、俺が奢ることを黙認してくれ」
「う、うーん……?」
いまいち納得出来ていない私がむう、とふくれていると可愛くて仕方ないという表情を向けられてしまった。



