【改訂版】CEOは溺愛妻を杜に隠してる

 会食が終わり、私達は慎吾さんが手配してくれたリムジンに乗り込む。

 新婚旅行は一週間ほど、シンガポールへ出かける予定である。
 翌日のフライトなんだけど渋滞を懸念して、空港近くのホテルに前泊するのだ。

 サラサラと衣擦れの音がする。
 私のドレス姿に見惚れてくれた護孝さんが、着替えを拒んだ。
 彼も礼装のままである。

 ドレスを収めてもリムジンにはまだ余裕がある。結婚式を取り仕切ってくれた慎吾さんが、今後についてミーティングする為に一緒に乗り込んでくるのかと思いきや。

「お邪魔虫はここまで。野暮なことを言うが携帯の電源は入れておいてくれ」

 にやりと笑ってドアを閉めた。

 リムジンは、闇と光の中を滑らかに進んでいる。流れる景色に、振動のないジェットコースターに乗っている気分になる。

 シャンペンやフルーツ、ショコラのほかにフィンガーフードも用意されていたが、コルセットがキツくなりそうで断った。

 すると、シャンペンにカットした果物を沈めては、護孝さんが口移しで飲ませてくれる。

「うん……」

 うっとりと甘受していたら、一口サイズに切られたサンドイッチまで口に運ばれてきたので、ふふと笑ってしまった。

「なに?」
「私、給餌されているヒナみたい」
「ようやく笑ったね」 

 護孝さんも微笑みかけてくれ、頬にちゅ……と優しくキスをくれた。

 彼のリラックスした態度に、私も体が柔らかくなっていくのがわかる。
 尊敬できる人であり、永遠の愛を誓った人でもある。
 これから、この人とずっと一緒に生きていくのだ。
 なにを怖がることがあるのだろう。

「疲れたろう。起こしてあげるから、眠ってていいよ」
「ん……」

 運転席とは遮蔽され、照明もしぼられている。
 クラシック音楽が波のように押したり引いたりして聞こえてくる。

「おやすみ、俺の大事なひと」

 ◆

 目を覚ませば、ずいぶん窮屈だった。

「あれ?」

 頑張って見れば、護孝さんのブートニアを挿したままの胸。どうやら夫の腕の中のようだ。

 護孝さんが少し残念そうな声を出す。
 
「意外と早起きだったなあ。このまま眠り姫を食べようと思ってたんだが」

「え?」

 聞き返したのに、多分別のことを教えてくれる。

「ここはホテルの部屋に向かうエレベーターの中」
「もう起きたので、自分で歩きます」

 私の言葉に、護孝さんは悪戯っぽい表情を浮かべた。

「妻を初夜の寝室に運ぶのは夫の権利だから、却下」

 しょや!
 そうだよね、そうなるよねっ。
 今日は、結婚式を挙げた日で、今はその晩である。護孝さんの言う通り、いわゆる初夜だ。

 プロポーズの日から幾度も夜を重ねてきたけれど、面はゆいというかこの夜はまた別物の緊張があるというか。

「でっ、でも……! あ」
「ん?」

 ボディースーツは背中のホックで着脱する。一人では手が届かない。
 慎吾さんに外してもらうつもりは勿論なかったが、正真正銘護孝さんと二人きりになってしまった。

『はずして』って彼に頼めばいい。
 で、でも。
 私が初夜の幕を切って落としちゃうの?

 固くなってしまっている私に護孝さんが耳を食むようにささやいてくる。

「奥さん、必要な手助けはここにある。問題ないよ?」

 見上げたら、夫となった人の目が熱を孕んでる。彼の熱に煽られて、自分の体が発火するのではないかと思った。

「それに履きなれないヒールで足がパンパンだろ? 靴を脱がせてある」

 裸足で歩くのは流石に行儀が悪い。
 それに指摘された通り、オーダーとはいえ慣れないヒールは長い時間の末に、少し苦行になってきてはいた。

 諦めて、夫の腕の中でおとなしくする。
 彼の胸ポケットからカードキーを取り出して渡せば、器用なことに私を片腕で抱きしめたまま、護孝さんはドアを開けた。

 窓の外に深い闇が広がる。

「シーサイドビューなんだ。対岸が少し見える」

 護孝さんは私を抱きしめたまま、窓まで進んだ。
 そっとおろされる。

 遠くの光が漁火、あるいは。

「海に落ちた星のように見えます……」

 うっとりと呟けば、体を締め付けていたドレスが緩んだ。

「あ」

 レースの覆いを外された背中が、空気に晒されるよりも熱い唇に触れられるほうが早かった。

「愛してるよ、ひかる。俺の全てをあげるから。ひかるの全てを俺に与えてくれ……」

 甘く乞われて、体が心が震える。
 返事は一つしかなかった。