百鬼夜行

 龍が何やら聞き取れない言葉を発したかと思うと、小さく煙が立ち込める。もうもうと曇る座敷に、ふと人の気配が増えた。1人…いや、2人? 心の中でカウントして、煙が晴れて見通しが良くなるのを待った。

「……龍、描き手見つかったの?」

 そんな声が聞こえた。少し高めだけれど落ち着いた、男性の声。しゅる、と衣擦れの音がする。

「うん、勿論。急に呼んでしまって悪いね、白明」
「別に大丈夫…。オレも何となく、予感はしてたし」

 その会話の直後にぴゅう、と強く寒風が吹き付け、凜は目を開けていられなくて思わず瞑る。そして、次に瞼を持ち上げたときには、知らない青年と白い巨大な蛇が表れていた。紫銀の線が入ったその蛇は、青年の周りを守るかのようにとぐろを巻いている。
 青年は、これまた美しかった。龍も美しいのだけれど、それとはまた違う、儚げで、触れれば消えてしまいそうな危うい美しさ。色白で銀の髪というのもあって、それは余計に増長されていた。
 青年が凜に気付き、整った顔にはめ込まれた深い紺が見つめてきた。もう片方の左目は長い前髪をかけて隠されていて、見ることは叶わない。

(綺麗な人……。一見蛇を連れてる以外は人間にしか見えないけど、妖怪…なんだよね。でも、これならあんまり妖怪だからって怖がったり緊張せずに描けるかも)

 内心安心して、凜は相好を崩す。別の意味での緊張はあるかもしれないが、妖怪だから、ということで緊張する心配はなさそうだ。

「…キミが、描き手?」
「えっ、あ、はいっ!」
「そっか。…オレは、白明。一番最初に、「百鬼夜行」に描かれる妖怪…。よろしく」
「私は、凜です…。よろしくお願いします!」

 いつの間にか用意されていた古びた巻物と文机、それに墨と筆。机の前に、少し距離を置いて白明が座る。凜は筆を取り、そっと墨に浸した。

 「百鬼夜行」、1人目――。