龍は目を伏せると、その先の言葉を紡ぐのを躊躇うように何度も口を開け閉めした。そんな仕草さえも絵になるなあ、と感じ、凜は急に絵が描きたくなってくる。そわそわしながら待っていると、五分ほどしてやっと龍から言葉が零れ落ちて空気を震わせる。
「まず、この世界ですが」
そこで息を吸って、一度間を開けると。
「人間界、ではありません。ここは――妖界と呼ばれる、妖怪の住む世界です」
妖界。妖怪の、住む世界。それだけでも到底受け入れがたいことなのに、さらにその次に話された話はまるで、小説の中の出来事かと思うほどに非現実的だった。
「今、妖怪は、人間に忘れられかけているために消えかけています」
妖怪は、人から忘れ去られれば消えてしまうのだという。それはまるで海の泡のように、簡単に、ぱちんと。いなかったことに、されてしまう。そのために、人間に妖怪のことを思い出してもらう必要があった。
「思い出してもらうのに一番いいのは、噂を流すことです。けれど、それもそう簡単に広まるわけではない」
だから、もっと簡単に、多くの人に思い出してもらうには、どうすればいいのか。考え抜いて龍が思いついたのは――
「描き手の人間……つまり凜さんに、「百鬼夜行」を描いていただきたいのです」
妖怪が描かれた日本画を――それも、みんなが知っている有名な「百鬼夜行」。それを描いてもらうということだった。人間が想いを込めて描いた絵には、力が宿る。それを描いてもらえば、その力によって消えるのは防がれる、ということだった。
けれど、凜からすればちんぷんかんぷんだ。八割以上が理解できない。ハテナマークを飛ばしまくる凜に、龍は苦笑しながら「貴女は私が「百鬼夜行」を描いていただくために呼びました。これまで何度も阻まれていたのですが…ようやっと、呼ぶことができたんです」と言う。とにかく頭を整理したくて、凜は口を開いた。
「えっと……とりあえず、私は「百鬼夜行」を描けばいいんですか?」
(あんまり理解できなかったけど…つまりはそういうことだよね? 「百鬼夜行」なら一度描いたことあるし、大丈夫なはず。でも…)
はい、と頷く龍に、凜は「私は、帰れるんですか?」と問いかける。それが正直言って一番気になるところだった。
「はい。「百鬼夜行」を描き切っていただければ、元の世界に送ります」
「そうなんですか…。……よかったぁ…」
それなら、大丈夫だ。凜は今度こそ、迷いなく頷いた。龍は安心したように息を吐くと、とんでもない爆弾発言――凜にとってだが――を落とした。
「では、1人目の妖怪をお呼びしますね。…白明」
「へ?」
(……呼ぶ?)
「まず、この世界ですが」
そこで息を吸って、一度間を開けると。
「人間界、ではありません。ここは――妖界と呼ばれる、妖怪の住む世界です」
妖界。妖怪の、住む世界。それだけでも到底受け入れがたいことなのに、さらにその次に話された話はまるで、小説の中の出来事かと思うほどに非現実的だった。
「今、妖怪は、人間に忘れられかけているために消えかけています」
妖怪は、人から忘れ去られれば消えてしまうのだという。それはまるで海の泡のように、簡単に、ぱちんと。いなかったことに、されてしまう。そのために、人間に妖怪のことを思い出してもらう必要があった。
「思い出してもらうのに一番いいのは、噂を流すことです。けれど、それもそう簡単に広まるわけではない」
だから、もっと簡単に、多くの人に思い出してもらうには、どうすればいいのか。考え抜いて龍が思いついたのは――
「描き手の人間……つまり凜さんに、「百鬼夜行」を描いていただきたいのです」
妖怪が描かれた日本画を――それも、みんなが知っている有名な「百鬼夜行」。それを描いてもらうということだった。人間が想いを込めて描いた絵には、力が宿る。それを描いてもらえば、その力によって消えるのは防がれる、ということだった。
けれど、凜からすればちんぷんかんぷんだ。八割以上が理解できない。ハテナマークを飛ばしまくる凜に、龍は苦笑しながら「貴女は私が「百鬼夜行」を描いていただくために呼びました。これまで何度も阻まれていたのですが…ようやっと、呼ぶことができたんです」と言う。とにかく頭を整理したくて、凜は口を開いた。
「えっと……とりあえず、私は「百鬼夜行」を描けばいいんですか?」
(あんまり理解できなかったけど…つまりはそういうことだよね? 「百鬼夜行」なら一度描いたことあるし、大丈夫なはず。でも…)
はい、と頷く龍に、凜は「私は、帰れるんですか?」と問いかける。それが正直言って一番気になるところだった。
「はい。「百鬼夜行」を描き切っていただければ、元の世界に送ります」
「そうなんですか…。……よかったぁ…」
それなら、大丈夫だ。凜は今度こそ、迷いなく頷いた。龍は安心したように息を吐くと、とんでもない爆弾発言――凜にとってだが――を落とした。
「では、1人目の妖怪をお呼びしますね。…白明」
「へ?」
(……呼ぶ?)
