さりげなく促されて、緊張からか焦りからか、早口で答える。

「みっ、三河凜と申しますっ」
「ああ、そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ。あと、私のことは気軽に龍とお呼びください。凜さん」
「ふえ…」
(無理! 無理無理無理!! というか、もう、キャパオー…バー……)

 くらり、ぐるりと視界が一回転したかと思うと、凜の体が前に倒れこんでいく。龍の驚いたような顔と支えるために差しのべされた腕を認めると、凜の意識は闇の中に吸い込まれて消えていった。

***

「……さん、凛さん」
(誰かに、呼ばれてる…?)

 ぼんやりとした意識が、ずっとかけられる声で覚醒していく。記憶を手繰り寄せていき、それに行き当たり――軽く悲鳴を上げながら、家のものよりはるかに寝心地の良い羽毛布団から体を起き上がらせる。
 横を見ると、龍があっけにとられた表情でこちらを見ていた。その手には、少し雫が垂れるタオルがあった。状況を把握し、さあっと顔を青ざめさせる。

「ご、ごめんなさい! 私……」
(人の家で倒れるとか…! しかもこの高そうな布団まで借りちゃったし!)

 弁償とかあるのかな、と不安になっている凜とは裏腹に、龍は安心したように微笑んだ。

「いえ、大丈夫ですよ。貴女にとっては突然のことづくしですし…パニックになるのは当然ですよね。それに気を配れなかった私が悪いのです。謝るのは私の方ですよ。凜さん、すみません」
「い、いえ…! 頭を上げてください!」

 さすがに自分よりも年上であろう男性に頭を下げられるのはいたたまれない。凜は慌てて頭を下げる龍に、やめさせようと手と首を振った。
 顔を上げた龍は、まだ「ですが…」と口ごもっている。私は大丈夫ですから、と納得させると、不承不承ながらも頷いてくれた。ほっと胸を撫で下ろし、質問する。

「あの、どうして私はここに来たのかとか、わかりますか?」

 それは、凜がずっと気になっていたことだった。これまで、こんなところに来たことはない。それなのに、突然来れるはずがないのだ。でも、龍も知らないかもしれない。ダメ元、のつもりだったのだ。

「ああ…はい。知っていますよ」

 だから、僅かな躊躇いを滲ませながらそう言った時は、心底驚いて二度見してしまった。