『へっ?! ど、どういうこと? 何があったの?』
「あー…実は、家を追い出されちゃって…。鍵も閉められたし持ってないから、帰ろうにも帰れないんだよね。だから、泊めてもらえれば、と思ったんだけど……」
『そうなんだ…。うん、まあ、どんまい?』
「ちょっと、ふざけるシーンじゃないでしょ~? このままだと野宿しないといけないんだよ!! ね、お願い!」

 声が大きくなる。その場で綺麗に九十度に腰を曲げて、必死に頼み込んだ。
 凜が電話したのは、親友の灰川佳穂。彼女の親はおおらかで優しく、お泊り会で泊まりに行ったこともあるので、ワンチャンあるんじゃ…と考えた結果だ。ちょっとママに聞いてくるね、と言った声が遠ざかり、ぱたぱたと駆けていく足音が微かに耳に届いた。
 戻ってきた佳穂の声が沈んでいるのを感じ取り、凜はああダメだったんだな、と密かに肩を落とした。決定的な言葉が告げられるのを、覚悟を決めて待つ。

『……ただいま。ごめん、凜、急にはちょっと無理だって』
「うん、まあ、そうだよね。ごめんね、無理言って」
『ううん…こちらこそごめんね、だよ。他に、泊めてくれそうな人っている?』
「うーん……いるにはいる、かもしれない」
『あはは、曖昧じゃん~。じゃあ、またね! まだ夏休みだから大丈夫だけど、終わるまでになんとか家に入れてもらえるようにしなよ。課題は終わってたよね?』
「うん。終わってる。ちゃんと入れてもらわないと学校にも行けないし、がんばる…!」
『じゃあね~』
「うん、バイバーイ」

 ぷつっという音をやけに大きく響かせて、電話が切れる。凜はスマホの電源を消費しないように切ると、ポケットに手を入れて空を仰いだ。
 部活があったので、今の凜は制服姿だ。ブレザーにチェックのスカートのそれは、この辺りで可愛いと有名である。
 佳穂にはああ言ったが、あの言葉は佳穂に罪悪感を感じさせないためのデタラメだ。嘘ということになるけれど、声だけだったし、顔を見せていないのだからばれてはいないだろう。事実、佳穂は何も言わなかった。

(どうしようかな……)

 佳穂のところがダメだとなると、行く場所がない。そして、凜は歩いているうちにいつの間にか細い路地に入ってしまっていた。霧は、ますます深くなるばかりだ。流石に不安を覚えて、辺りを見回す。
 ――と、不意に、酩酊感が凜を襲った。空間が歪んでいるとでも言えばいいのか。視界が揺れ、歪み、立っていられないほどに頭が痛んだ。凜は膝から崩れ落ちるかのように座り込むと、頭を抱える。