「いってらっしゃい。もう帰ってこないでね」
「あ、え――!」

 強引に玄関から外に出され、目の前で無情にも鍵がかかる音が鳴る。リュックを漁ってみても、そこに鍵は入っていなかった。呆然自失の状態ながら、凜はよろよろと道を歩き出す。街には、珍しく深い霧がかかっていた。

(追い出された、ってことだよね。私の言ったあの言葉のせいで。ああ本当にどうしよう、友達のところに泊めてもらう? でも、自業自得なのに迷惑はかけられない。じゃあ、ホテルにでも泊まる? ううん…いつ帰れるか、というか家に入れてもらえるかの見通しも立ってないのにそれはダメだ。使えるお金だって限られてるし……)
「もしかして、詰んだ…?」

 道のど真ん中で立ち止まって、途方に暮れる。幸いにもこの辺りはよく散歩しているので知り尽くしている。歩きながら考えよう、と再び歩くのを再開した。
 とはいっても、考えれば考えるほど取れる手段は限られていっている。友達のところにも、ホテルにも泊まれないなら、もう行く場所がない。ネットカフェという選択肢もあるにはあるが、凜はネットカフェの独特な空間が苦手だった。あそこに何日も滞在するなんてありえない。それならば、野宿の方がましだ。

(あとは…誠心誠意謝って、誤解を解いて、許してもらう、とか?)

 それが一番現実的な気もする。でも、凜は首を横に振った。

「……ダメだ。だってあれは――」

 その先は声を潜めて、内緒話をするような大きさで呟いた。
 ――誤解なんかじゃなくて、本心だから。
 嘘をつくのが苦手な凜は、必死でついたとしてもすぐに嘘だとばれてしまう。一度エイプリルフールにありそうでない嘘を友達に考えてもらって母に言ったのだが、反応は真顔で「それ嘘でしょ?」だった。まあつまるところ、凜は芝居が生粋の大根なのだ。そして母は人の本心を見透かすのが得意だった。薄っぺらい言葉で謝ったって、許されることはなく、きっと悪化するだけだろう。これもダメか、と凜は隠すこともなく大きく溜め息をついた。

 スマホを取り出して、ちゃんと道の端に寄ってから起動させる。霧と曇り空のせいで薄暗かった周りが、少しだけ照らされて明るくなった。
 電話帳から、少しのためらいを見せてから凜はある番号を呼び出してコールする。プルルルル、プルルルル、と繰り返し音がなり、二度繰り返したところで止まって「はい」という声が聞こえてきた。

『もしもし? 凜、どしたの?』
「あ…急にごめんなんだけど、佳穂、家に泊まらせてもらえないかな?」