日本家屋の立派なその家のリビングで、三河凜はぼんやりとしていた。
 宿題も早々に終わらせ、正直なところ暇なのだ。ソファーに体を沈ませて、後ろの方から聞こえる、料理を作る音に耳を澄ませる。壁を眺めればそこには墨で描かれた、所謂「日本画」がずらりと並んでいた。棚には幾つものトロフィー。それらは全て、凜が描き、賞を取ったものだった。
 といっても、自ら望んで描き始めたわけではない。今では楽しんで描いているが、始めたきっかけは親の「他の人とは違う特別なことをさせたい、習わせたい」という意向からのことだった。才能があったために今も続けているが、そうでもなければこんなことはやっていない。思い通りにできない、それは意外と心に負担とストレスを与えるものなのだ。

 思えば、自分がやっていることは全部親や親せきに取り決められたものだな、と凜は思う。正直言って飽き飽きしていたこの現状に、小さくはない声量でぽろりと本音が零れた。

「……この家、嫌だな…」

 それを耳ざとく聞きつけた母が、じゃがいもを切っていた手を止めて凜の方にやってきた。慌てて口を抑えるが、もう遅い。手遅れだ。

「…凜、今、何て言った?」
「あ、お母さん…な、何も」
「ごまかさないで。『この家嫌だ』って、さっき言ってたでしょう」
「っ……」
(聞かれてた、どうしようどうしよう。どうすればいい?)

  頭が回らなくて、あ、とかう、とかの意味をなさない言葉だけが漏れる。それを見た母が、より一層額に刻まれた皴を深くした。
 すう、と大きく息を吸う気配がして、凜は体を竦ませる。ああ、これは。

「そんなにここが嫌なら、出ていきなさい!」

 怒鳴られて、思わずびくり、というように体が撥ねる。背中が押されて、リビングから追い出された。そのまま凜を放置して、母は二階へと登って行く。がたがたと何かをあさるような音がしたと思ったら、次は階段を勢いよく降りてくる音が響く。あまりの行動の速さに、凜はまだうまく状況を飲み込めていない。
 降りてきた母は、凜にリュックを押し付けた。中を覗けば、そこには財布や着替え等、泊まるための道具と貴重品一式が入っていた。その意味を理解して、愕然とする。