「それではここで、事前に新聞社の方にお寄せいただいた質問にお答えいただくコーナーにしたいと思います」



大丈夫、彼女はまだ最前列に座っている。



吉田はテーブルの上にあるタブレットを長い爪をカチカチ鳴らしながら操作した。

彼女に注意を向けつつ聞こえるその音は、グロス、香りと同じく、俺の嫌いな音だ。




「それって本当に一般の方からいただいたんですか? 主催者さんが気を使って書いたんじゃないんですか?」

「違いますよ、間違いなく募集した質問と聞いてます。会場のお客様の中にも送ってくださった方、いらっしゃいませんかね?」

吉田の問いかけに誰からかは判断つかないが、肯定する声がいくつか聞こえる。

「本当なんですか?」

「では、お答えください」

「はあ、まあ、分かりました」


若干、吉田の声に棘が出たから素直にここは引く。


「それでは、まずは……」


一日の睡眠時間は?

充実していると感じる時間は?

仲のいい作家仲間は?


吉田が読み上げる質問は特に難題は無いのでスラスラと答える。

もちろん、多少は偽りも回答には含まれている。

作家なんてただでさえ腹の中を晒らしているのだから、生身で話す時ぐらいいいじゃないか。

作家、広橋文也が作る「広橋文也」という虚像。

自分を偽り、自分を作り、代わりに本物の自分を維持する。