そんな客席の最前列。

明らかに大多数の年齢層から外れたその子。




うっそ、マジ?




姿勢を正して全身を耳のようにして熱心に聴いている。


席が演壇に当てられるスポットが届く最前列だったのが幸いした。

もし2列目以降ならダークカラーのご婦人に紛れて見つけられなかっただろう。

彼女の瞳は俺から離れはしない。


対して俺も、司会者との会話に集中しつつ、意識はやや左後方に座る彼女から外さない。



やっと、見つけた。




俺の言動に彼女の左右隣の席のご婦人が遠慮なく笑い声をあげる時も、じっと睨むように見据えている。



間違いない、あの子だ。




「作家になったきっかけが実力でないからか、いつ仕事が無くなるか不安で仕方なかったんですけど」

「これだけ売れている作家さんなのに、まだ不安があるんですか?」

「商業作家の登竜門的な新人賞、取っていないので」

「広橋文也先生が今更新人賞、っていうのも、ですよね?」


吉田の会場への問いにご婦人方が各々頷く。

読者は父の時からのファンが多く、引き継いだ息子は同じく息子のような感覚になるらしい。


「先生が不安になろうと、現実は締め切りに追われている、と」

「はい、ありがたいことに幸せな悩みです」




会場は大いに盛り上がるが、彼女の存在に気付いてからの俺はどうにか早く終わらせたい。

こうして壇上にいる間にもしも彼女が席を立てば、俺はどうしようもない。

父の作品を継ぎ、父の読者も引き継いだ俺は、お行儀良く、出版社やファンの理想とする作家の息子で居続けなければならない。