「知ってますか? 出版社っていうのは作家を閉じ込める部屋を持ってるんですよ」
俺が本当に囚われたことがあるような口ぶりで言うと、ベリーヒルズビレッジホテル孔雀の間のフロアに並べられた200席はあろうかという客席から落ち着いた笑い声が上がる。
客層は揃いも揃って老年層の女性。
父の作品を引き継いだのだから、当然、亡くなった父と同年代の読者が多い。
そんなご婦人方は上品な洋装、和装、入り混じり、そのほとんどが黒、紺、せいぜい茶色のダークカラーを着たがる年齢から、照明が演壇に集中しているとはいえ会場全体が暗い色合いになっている。
「まあ、栄えある文学賞を軒並み受賞されている先生がそんな事仰ると、皆さん信じてしまいますよ」
「先生、なんてやめてくださいよ。こんな若輩者に」
「確かに文学界ではお若いし、こんなに素敵な青年でらっしゃるのに、メディアには一切ご出演されないんですよね?」
「父を含めて広橋文也ですから。そういう作家がいる、っていう事実だけでいいんです」
作家になった経緯が経緯だけに、自らを世に出そうとは思わない。
「でも、もったいないですよね? こんなに素敵な方なのに。現在、27歳ですってよ」
個人の情報は要らない、と言っているのに食い下がらない吉田は客席に同意を求めながら、その目つきは先ほどの女豹を匂わせる。
そういう肉食獣がうるさくなるのが嫌だから、という理由もあるんです。と言えば納得するのか? この女は。
本心が思わず馬鹿にしたような鼻息になろうとした時、吉田はちゃんと仕事を弁える。
「こんなにお若くらっしゃるのに、受賞暦はベテランの域ですね」
「広橋文也の執筆歴は産まれる前から、ですから」
「それはお父様の分を含めてますから、ねえ」
客席のご婦人方を取り込みながらトークを進める吉田の話術に乗っかって、
「見ているのとやってみるとでは大違いですよ。こんなに忙しいとは思っていませんでした。もし、この中に、作家を目指している方がいたとしたら、止めるが吉ですから」
同じく、会場に向かって苦笑して見せると、軒並みご婦人方は笑い返してくる。

