それでも地球は回るし、トークショーも進行する。

市街地の中心部からやや外れたホテルの大広間には、今回も年配のご婦人が、主催の出版社の話では300人は入っているという。

今日は主催のT出版から一大発表があるので、T出版の発行する情報誌の記者も会場内で取材している。

今回の男性司会者は、付け焼き刃でなく、ちゃんと父の作品を読んでいた人のようで、登場人物の固有名詞も出しながら、俺から制作秘話を聞き出そうとする。

「今回の作品は、お父様が書かれていた『浪々闊歩』の主人公、秋山小十郎の息子、正助のお話しで、いわばスピンオフのようなものですよね? これを今になって書かれようと思われた理由はなんですか?」

無難に答えようと思うが、相手が読み込んだ読者ならそれも簡単ではない。

琴音に出会ってから、ファンという存在の大きさに気付いた俺にはなおの事だ。

「ご存じの通り、浪々闊歩は父の代表作です。僕は後になってこの作品を読んだのですが、あちこちに散りばめられた情景を拾い集めていくと、いくつでもストーリーが浮かんでくるんです」

「さすが親子、ということですかね?」

「長年連載していた作品だから登場人物の数が多くて……、全員を拾い上げていたら際限ないんですが」

「まだまだ構想はおあり、ということですね?」

期待のこもった目を向けられて、

「父が許してくれるなら、また他の人物にも光を当てたいと思ってます」

と、上手いこと乗せられた俺がいた。




そして、トークショーの終盤、興奮気味を演出した司会者が、演壇の背後に掲げられていた幕を剥がすと、そこには、『浪々闊歩 正助の剣 映画化決定』の文字。

会場のご婦人方から歓声が上がり、取材カメラが一斉にフラッシュを焚く。



顔出しNGの俺は発表の前に降壇して、そのお祭り騒ぎを脇で他人事のように眺めている。

司会者が出演者の名前を挙げていくが、誰であろうと構わない。

執筆を終え、刊行された物は既に俺の手を離れていて、読者がどのような視点で読んでも構わないし、もしも気に入る企業があるなら、映像化でもなんでもすればいい。

世間に認めてもらった、という喜びはもちろんあるが、その先の事は、その先の専門家でこねくり回してくれればいい。




俺は喧噪を避けるようにホテルの部屋に戻ったのだが、金の絡む大人の社会はそうは問屋が卸さない。

あっという間にT出版の者と、明らかにファンだった司会者の男性と一緒に一献、という運びになる。