極上の餌


会場にいる200人、全ての聴衆はそろいもそろって、大き目のセーターを着て、黒タイツを履いた女性像が、真っ白のコートを羽織る姿を思い浮かべただろう。



それは確かに可愛らしい女性像かもしれない。



だが、江戸時代の古式ゆかしき情緒を執筆している、疑似息子が一瞬にして理解不能になった瞬間。



いつまで父「広橋文也」のイメージの中で生き続けていく?

父の頃からの読者をないがしろにするつもりはないけれど、どこかのタイミングで出来のいい息子の殻を破りたい衝動は常に持っていた。


これは、父を含めた「広橋文也」で作り上げたイメージの人物像を崩壊させることになるのか?



視界の端に、変わらず座ってじっとこちらを見ている彼女を見る。


ずっと探していた彼女に今日出会えた。


なら、今日が変わる日でいいんじゃないか。




それは目に見えるものでも、文字で表せるものでもなく、よく言う「空気」を変えるというのは俺にとっては快感で。




爽快気分で羽織の結び紐に触れると、柔らかな繊維が心地よい。

登壇前、結び紐の仕組みも知らずに「触れるな」ともっともらしく言い寄って近づいてきた吉田の前で。

吉田の頬がピクリと不機嫌に上がるのを涼しい目で眺める。



お行儀の良い作家先生は、今日でやめた。