「…………」

「…………」

私は潘さんを睨んで、潘さんは私を笑顔で見つめ続けた。

「あの……」

奇妙なやり取りに割って入ってきたのは同じ経理課の男性社員だ。

「すみません潘さん、俺の書類にもハンコをお願いします……」

彼はおずおずと潘さんに書類を差し出した。

「はい、いいよ」

潘さんは同じくポケットから印鑑を取り出すと書類にさっと押した。

「はあ!?」

私は先程と同じ大声を出した。

「あ、ありがとうございます……」

男性は私に申し訳なさそうな顔をして離れていった。

「何で彼にはすぐハンコ押して私には領収書を出さないんですか?」

「んー」

「領収書だけじゃありません! その他の書類も私にだけは出さないですよね!? 私は待たせてもいいと思ってるんですか!?」

「そんなこと思ってないよ」

「私が社外とのやり取りに必要な業務じゃないからですか? 私の仕事なら待たせても問題ないってことです?」

「違うよ」

怒りで体が熱くなる。こんなに怒っているのに潘さんは相変わらずニコニコと私を見つめるだけで腹が立つ。

「じゃあ何の嫌がらせです?」

「だって素直に出したら上条さん来なくなるでしょ」

「え?」

「僕が経理課に置かれた無機質なケースに書類を出したら、上条さんはもう僕に会いに来なくなっちゃうから」

「っ……」

意外な理由に言葉を失う。

「もしかして私が潘さんを避けてるからですか?」

潘さんは笑うだけで否定も肯定もしない。

この軽い男に告白されたのは数ヶ月前のこと。

なぜ社交的で整った顔のモテるこの人が地味な私なんかを? と疑問しか浮かばず、気分がいいものじゃなかった。

付き合うことはできないと断ったはずなのに、彼はめげずに私に好意を向け続ける。どうやら冗談を言っているわけじゃなさそうだ。それが辛くて直接会うことを避けてきた。
苦手なのだ。この男が。
強引で私の意思も聞かず、何を考えているのかわからない目は私の心を見透かすようだ。