暗くなってから朝までの長い時間を

狭いシュラフの中で過ごすことにためらいは無用であった。

身を守るためには協力し合って乗り越えなければならない。

翔平の胸にぴったりと寄り添い

久実は何一つ考えることもなく

尋常でないストレスに疲れたまま睡魔に溺れたいと心から思った。

テントを覆いつくす細かい夜霧と氷点下の過酷な自然は容赦なかった。

翔平は静かに話し始めた。

「俺には6歳上の兄貴がいた。」

「いた、ですか?」

「死んだと思う。」

「思うって?」

「行方不明になった。」

「どこかで生きているとしたら?」

「いや、あり得ない。連絡もない。」

「事故に遭われたんですか?」

「よくわからないんだ。」

「わからないって、いつから行方不明に?」

「5年前からだ。」

「5年?そんなに?」

「たぶん誰か好きな人がいたのかも。」

「恋人ですか?」

「何もかもわからない。」

「お兄さんって、どんな人でしたか?」

「そうだな、年が離れていたから、なんていうか先輩のような、手本にしたいというか、俺の憧れの存在だった。」

「じゃ、周りの女性がほっとかない、モテ系男子でしょうかね。」

「そういう視点は初めてだ。」

「先輩が目標にしたいと思うくらいのカッコイイお兄さんなら、当然モテると思いますけど。」

「そうだな。」

「まさか、女性同士がお兄さんを取り合ったとか?」

「いや、俺の知る限りでは、付き合いのあった人はいなかったと思う。そういう感じはなかった。」

「じゃ、他には?何か思い詰めていたとか?」

「もし何かあったとしても、俺には見せなかった。俺は何も知らずに過ごしていた自分に腹立つよ。」

「先輩がそんな風に思う必要ないのではないですか?」

「思い当たるふし、兄貴のちょっとした表情、普段の態度、俺にはまったく気づけなかった。」

「きっと本当に何もなくて、ある日突然お兄さんの運命が変わる何かが起こったとしたら、誰にも気づけないし、ご本人にとってもそうだと思います。」

「そんな風に考えたことないな。俺は兄貴がいなくなった日以来、自分ができることは何かを考えるだけで今日になってしまった。何もできていないことに悔しいし、あきらめがつかない。」