高木翔平は5年前からこの湖へ何度も足を運んでいた。

兄が行方不明になったこの山を丸ごと憎んだ。

湖面を見つめても

よみがえるのは兄の顔ばかりだ。

どうしてここなんだとキリがないほど自問した。

答えがないことにあきらめがつかず

来ては帰り

帰ってはまたここに来る。

この5年間はその繰り返しだった。

今は先を歩く立花久実の後ろを追って

山頂へは初めて向かうことになぜか新鮮な気持ちがわいた。

「おい、立花。」

「何ですか?」

久実は足をとめて後ろを振り返った。

「あのな、そういう素っ気ない言い方はないだろ?」

「素っ気ないって、そんな風に言われたことないですけど。」

翔平は久実のざっくばらんな性分に幸か不幸か早くも気づいた。

「先は遠いですよ。山頂の向こう側にある秘湯まで行くんですから。」

「秘湯?」

「はい。」

「秘湯なんてあったか?」

「ちゃんと調べましたので。」

「ふーん、あっそ。」

再び歩き出した。

霧は晴れたまま快適なハイキングウォークだ。

適度な寒さは登りの山道を歩いてかく汗を引いてくれた。

程なくして無事登頂できた。

「先輩、軽く食べますか?」

翔平はすぐ返事をしなかった。

なぜなら

山頂から見渡す景観があまりにも美しく

紅葉が枯れつつある冬支度直前の山々に

つかれたように魅入っていたからだ。

「立花。」

「はい。」

「こんな爽快な気分になったのは久々だ。」

「そうですか。良かったですね。」

あっさりとした言い方をする久実を

翔平は腹の中で熟考した。

この女は自分よりも性根が座っているのかと。

すでにモグモグとどら焼きを頬張っている久実は

周りの景色よりこれから向かう秘湯に思いをはせていた。