今から5年前の秋のことである。

ある恋人同士が山で遭難し

行方不明のまま捜索が打ち切られた。

地元の人々の間では霧が濃く危ない山だと言われていたが

山腹にとても美しい小さな湖があり

深い森の中にひっそりと湧いていた。

湖底は透き通るように青く

湖水は夏でも刺すように冷たい。

冬は山全体が凍り

もちろん湖もカチカチに凍った。

今まではそうであった。

ところが

遭難した恋人たちが見つからないままの冬は

雪が降っても積もらず

いつもは凍るはずの湖も

湖面には静かなさざ波が立つほどに

普通でない不気味な雰囲気が

森の中にあった。

この不自然で異様な状況も

ひと伝いにはならず

封印された遭難事故として

世間から忘れられた。

なぜなら

その男女の家族から名乗りがなかったことで

余計に事件性もなく

不運な人生を閉じることになった二人に

誰かがしてやれる何かもなく

ただ安らかに眠ってくれることだけだった。

人知れずひっそりと。