マシューはくるくると動き回って、みんなの世話を楽しんでいる。

お手製の焼き菓子はとても美味しい。
きっと料理も上手に違いない。

その雰囲気はなんとなくテイルーに似ている。そう感じたからか、同い年とは思えず姉のように思ってしまう。

そういえばこの間シャロルに頼んで送ってもらった手紙は届いただろうか。
みんなは読んでくれただろうかと胸を過る。

暖かな雰囲気の『家の中』に来たから、つい自分の家を思い出す。

砦に帰ったらシャロルにどうなったか聞いてみようと心に留めた。



これから出来上がりを確認するために、何度か工房に寄らせてもらうと話をする。

用事がなくてもいつでも来てねとマシューは快く答えてくれた。
もちろんその時はエドウィンと一緒だと返事をすると、エドひとりが慌てていたのににやにやしておく。



リアンの家は人が集う場所でもあったので、こういった男女の好いた惚れたの機微は、微笑ましいものからどろどろのものまで、それなりに見てきた。

またやきもきと焦れったい見本が、一番身近にあった。

エドウィンの背をびしびし叩き、応援するからと握りこぶしを見せて、リアンは深く頷く。

勘弁してと真っ赤な顔で、エドウィンが顔を逸らしている。




工房を出た後は、エドウィンの案内でバーウィッチの町をあちこち散策した。

評判のお店で昼食を食べる。
この時ばかりはとシャロルも同じ卓に着いてくれた。

町はそれほど大きくないので、大通りを端から端まで歩くのはそれ程時間もかからなかった。

折り返してゆっくりと砦に帰る道を辿る。

「リアン様、何か必要なものがあれば、お買い物もできますよ?」
「え……無いです」
「遠慮なさらなくても、たんまり団長様からお小遣いをぶんどってきましたから」
「ぶんどったんだ……シャロルさんは欲しいものは無いですか?」
「できればリアン様の服とか服とか服とか服が欲しいですけど、それは王都で手に入れたいですしね」
「たくさんあるから、もう服は要らないですよ」
「いえいえ……これから寒くなるので、冬物を揃えなくてはなりません! というか、私の欲しいものではなく、リアン様の欲しいものを買うためのお小遣いですよ!」
「って、言われても。だって……砦には何でも揃ってるし」
「まぁ確かにそうですけどね」

人里離れた天上の地、だから町に住むより不自由で不便、だから手に入るものが少ない、だから時の流れに置いていかれる、だから少しでもそれを解消したい。

という意識が必要以上に働きまくり、大概のものが砦の中に揃っていた。

なんならちょっとした町以上に品揃えが豊富だったりもする。

それは潤沢な資金を持つお館様の財力と、転移ができる侍女たちのおかげで、王都の最新で高級なものが簡単に手に入るからだった。

「私のお金じゃないし、欲しいものもないです」
「何言ってるんですか、リアン様。どうせ団長様だって、山の中で使い道のないお金を余らせてるんですよ。リアン様が可愛く着飾れば団長様だって喜びますよ」
「着飾ったら竜の世話ができない……」
「着替えればいいんです!」
「……めんどくさい」
「ではお土産を買って帰られては?」
「うぅぅん……砦に何でもあるのに、お土産って……」
「……良いですか、リアン様。…… 少年!」
「は、俺?!…… なんですか?」
「少年は何をもらったら嬉しいですか?」
「なんですか、急に」
「例えば先ほどのマシューちゃんに、何をもらえたら嬉しいですか!」
「え?! は? ……な、そんな……なんでもいいです」

声はとんどん小さくなって、最後の方は聞こえない。
シャロルは片方の腕をばっと広げて、エドウィンを指し示した。

「ほら、これですよリアン様! 何でもいいから、団長様にお土産を買って帰りましょう!」
「何でもいいからって……しかもアドニスのお金でアドニスにお土産なんておかしいですよ?」
「リアン様のお小遣いにもらったので、これはもうリアン様の資金です!」
「ええぇぇぇ? なんか変です」
「そんなことはありません! 透け透けの寝巻きでも買いますか! ね?! 少年! 嬉しいでしょう!!」

誰のどんな姿を想像しているのか分からないが、エドウィンは真っ赤になって顔をくしゃくしゃに顰めた。
頭の中身を追い出そうとぶるぶる振っている。

「そんなの着て誰が嬉しいんですか?」
「私です!!」
「……そう言うと思ったけど。じゃあ、シャロルさんが買って着ればいいんじゃないですか?」
「そんなの誰が見て喜びますか! 誰が嬉しいんですか!」
「わたしの気持ち分かってもらえました?」
「なんと……屁理屈を言うリアン様もかわいいとは、新発見です!」

ああでもないこうでもないと言い合うふたりに、エドウィンは苦笑いを噛み殺す。
わざとらしく咳払いをすると、ふたりは言い合いをやめてエドを見た。

「リアン……団長ね、木の実が好きなんだよ」
「うん? 木の実?」
「硬い殻に入ってるやつ。他のみんなは割るのが面倒だからってあんまり食べないけど、中身はけっこう美味しい」
「木の実かぁ」
「みんなが食べないから、あんまり出てこないんだよね」
「出てこないって?」
「食堂で。あ、夜の食堂ね」
「夜の食堂?」
「飲み屋に早変わり」
「ああ、お酒のおつまみ」
「そうそう」
「そっか……じゃあ、その木の実をお土産にしようかな」
「あっちのお店にあるはずだよ」
「うん! 行ってみよう」

リアンの住んでいたところでは見たことがない木の実だった。
確かに殻は硬くて、リアンの手ではどうしようもない。

意地になって割ろうとすると、エドウィンに止められる。

「炒ったら少し剥きやすくなるから」
「そっか……食べられないのか……」
「俺が夜の食堂に持って行ってあげるよ」
「うん。ありがとう、エド」

他にもみんなにと数種類を選んで、木の実で膨らんだ袋をエドウィンが持って歩いた。

お菓子に使っても美味しいし、薬にもなるとシャロルも満足気だった。

買い物を終えたおつかい班は、今度こそ砦への帰途を辿る。





厩舎に登ってシイの訓練を少しだけする。

鞍を着けることを想定して、胸やお腹の辺りに革帯を締めてみる。

革帯を特に嫌がる様子はなかったが、これが鞍を乗せて、帯に重みがかかってくると嫌がる竜もいる。

あちこち引っ張ったりずらしたり、巻き方を変えてみて、一番落ち着く位置を探さないといけない。

竜によって大きさや体の形も違うので、装具師と竜狩りの腕の見せ所だ。

少し砦の周辺を飛んで、この日は早めに切り上げて、リアンは塔を下りた。






寝る前の時間、シャロルから借りた歴史書をゆっくりと読んでいる。
難しい言葉もなんとなく読めたり、意味が分かるようになってきた。

史実として面白いかどうかは置いといて、興味はあるので、少しずつ読み進める。

読んでいれば、知らないうちに眠ってしまうから、いつでも寝られるように、寝台の上で寝転び、毛布を被って、枕の上に本を広げていた。

切りがいいところまで読み進めて、ちょっと休憩のつもりで、本の上に頭を乗せる。

だいたいここで力尽きるように意識が途切れるのが、今夜はこんこんと耳に音が届いて、頭にこつこつと何かが当たった。

目を開けると、木の実が目の前を転がっていく。香ばしい匂いも通り抜けていった。

「……あ。炒った?」
「炒った。美味かった」
「んん……よし……」

転がったひとつを手に取って、リアンは殻を剥こうと試みる。

割れやすくなっているはずなのに、買ったばかりの時と硬さが変わらない気がする。

「んん?!……なんで?」

悔しいから起き上がってぐいぐいと力を入れた。

「ほら、かしてみろ」

横に腰掛けたアドニスに木の実を渡すと、あっさりと殻はふたつに分かれる。

「ええ?! どうして?」

殻の中にある実を摘んで、リアンの口の中に入れてやる。

「…………美味しい!」
「だな……ありがとう」
「こちらこそありがとう」

にこりと笑い合って、リアンは枕に転がっている実をひとつ手に取った。

今度こそ割ってやるとぐいぐいと指に力をいれる。

「割りやすい場所があるんだ、ここに線があるだろ?」
「んー?……うん」
「この上に力を入れろ。ずらすように捻る」
「……ずらすように……ひねる」
「そうだ」

どんなに頑張っても無理そうなのを見兼ねたアドニスが、別に転がっていた実を割って、中身をリアンに食べさせる。

「ちーがーうー」
「美味いだろ」
「でもちがーう」
「残りは明日だ。寝る前に食べたら肌が荒れる」
「……シャロルさんが言った?」
「言った!」

本を取り上げて横にある卓に置くと、木の実も拾ってその上に乗せた。

上掛けをめくって、リアンを押し込めるようにして、アドニスもその中に一緒に入る。

「寒い……くっ付け」
「アドニス酒くさい」
「そりゃそうだろ……ん? 何持ってんだ?」
「木の実」

手の中から奪うと、リアンの向こう側にある卓に腕を伸ばす。

アドニスはびしびし脇腹を叩かれた。

「つぶれる……くるしぃ……」

ふふんと勝ち誇った顔でリアンを見下ろして、ついでにそのままの体勢で頭上の棚に乗った灯りを絞った。

「おーもーいぃーアドニスきらいー」
「おい、大好きって言ってなかったか?」
「ムカつくー」
「はいはい、寒いからもっとこっち」
「酒くさいー」
「うるせーな。早く寝ろよ」
「うーやー」

小さな子どものように抱き込められて、もごもご暴れても逃げられないことに、リアンは諦めて脱力した。

「お、寝たか」
「寝るか」
「いつもならもう寝てるだろ」
「アドニスが起こしたんでしょ」
「おいおい……誰が毎晩お前の開きっぱなしの本を片付けてやってると思ってるんだ」
「知らなーい」
「本に垂れたよだれを拭いて」
「たらしてない!」
「風邪をひかないように毛布をかけて」
「……どうもありがとう」
「子守唄を歌い」
「それはウソ」
「こんなにしてるのに、朝は腹に激突されるんだ、俺は」
「だって呼んでも起きないんだもん」
「もっと優しく起こしてくれよ」
「……それは嫁になった人に頼んでよ」
「……あーー」
「……なーー」
「来るかなーー」
「どうかなーー」
「……まぁ、いいか。んで? 鞍はどうなった?」
「うん、イザードさんにお願いしたよ」
「いつ頃出来るって?」
「いつだろ……冬の間は色々試したいことがあるって」
「んー。まぁいいけど、いつになったら俺はシイに乗れるんだ」
「この前乗ったでしょ?」
「あれはお前と一緒だったから乗れただけだろ」
「ああ、まぁそうだけど」
「はぁー俺あの速さを乗り熟せるかな……吹き飛ばされそう」
「楽しみだね」
「楽しみだーー!!」

むぎゅむぎゅに抱き込められて、背中を撫でられているうちに、リアンはすこんと寝てしまう。




ほかほかに暖かいリアンに回した腕をゆるめて、少し距離を取って横向きのまま頬杖をついた。

ふーむと息を吐き出す。
リアンがまだ小さな子どもの頃には当たり前だったのだが。

「ディディエに知られたら殺されるな……」

年ごろのお嬢さんであることをついつい忘れてしまう。

ただ寒いからと素直に言ってしまえば、あの兄にに八つ裂きどころか挽肉にされそうだ。

これからどんどん寒くなるから、リアン無しの状態は考えられない。
たったの数日でこれだ。

今までどうやって冬を越してきたのか思い出せない。

堪えて我慢するしかないから、そうしていたのだろう。

「……偉いな、俺」



じゃあいいかと頭を枕に付けて、アドニスはリアンを抱き寄せる。

リアンの背中は規則正しく動いて、苦しそうな呼吸が響いてくる感じもない。






よしよしと心の中で頷いて、アドニスはゆっくりと意識を手放していった。