1.過去と今






昔から人の気持ちが分かるほうだった。


私のことを嫌っている人、どんな風に思われているか

私のことをすいている人、どんなふうに見られているか




生まれた瞬間から、つまり戸籍上父親がいなかった。

今となってはどうでもいいが幼いころの友人から向けられる

「なんでお父さんいないの?」

「パパいないの可哀そう」

という周りからの心無い言葉は結構きつかった。



母親にあたったりもした。

お父さんに会わせてと泣いたこともあった。

母は母なりにとても愛情をこめて育ててくれたと思う。

父親がいないからといって不幸でもなんでもなかった。


ただ周りと違うということが恥ずかしい年頃だった。



どれだけ愛情を注いでもらっても受け取れるほどの心を持っていなかった。



そんな時に母はうつ病になった。


それはそうだ。片親であり一人で育てると覚悟していたが

その実の娘に否定されたのだから。


生まれてきたくなかった。
産んでほしくなかった。
これからただただ長い人生を歩んでいくのは反吐が出るほど嫌だ。

小学生のころから母に何度もぶつけてきた言葉だ。




きっとしんどかっただろう。
心が押しつぶされそうになっただろう。

祖母も祖父も死に、兄弟もいなかった母にとって

たった一人の肉親である子供からそんなことを言われたのだから。



今になってわかる、すがるところかなかった、頼るところがなかった母にとって

一番の支えが私だった。

大切に育て上げよう。
たくさんの経験をさせてあげよう。
産まれてきてよかったと思えるようになってほしい。
そして、幸せになってほしい。

と。自分の人生のすべてをかけて私を育てようと覚悟を決めたんだろう。
そしてそれをすることを生きがいとしたんだろう。

その実の子から産んだこと、支えを求めたこと、自分の人生を否定された母の心を

まだ子供がいない私には到底理解できない。これからもわからないと思う。



友人や会社の上司の気持ちがいくらわかっても

今までもこれからも、母の気持ちだけは

分かることはないと思う。

きっと心のどこかで分かりたくないと思っているんだろう。


いつか自分にも子供が出来たら、わかる時が来るといいな。









人は一人では生きられない。

私には母がいたが、母には誰もいなかった。
そんな中できた、たった一つの希望が私だった。



名前にも込められた母からの願い。そして呪い。

独りぼっちだった母にとって、一つの希望であるように。
そして母が死ぬまで、一生の希望であり続けるように。


【一希】と。