ふたりぐらし -マトリカリア 305号室-



***


パタン、と後ろでドアが閉まると、あたりが闇に包まれた。

すぐに廊下の電気がつけられる。

革靴を脱いで、いつも通りに部屋の中へと進んでいったおーちゃんは、途中で、玄関で立ち止まったままのわたしを振り返った。


「なにしてんの」


おかしそうに笑われて、慌ててローファーから足を引っこ抜く。


「た、ただいま」


ぎこちなく言ってから、ソックスで廊下へと踏み出した。

緊張の一歩。

ピンと背筋を伸ばして、いつもよりおしとやかに、丁寧に歩くわたしは、完全におーちゃんを意識していた。


……よく考えたら、あんなことをした後で、家でもふたりっきりなんて……。


つい唇に手が伸びて……、ハッとして、手を下げる。

リビングまでくると、上着を脱いでいるおーちゃんがちょっとだけ意地悪な顔でわたしを見て、「おかえり」と言った。


……バレてる。

意識しているのも、緊張しているのも、すべて見透かしている顔だ。

悔しい……。


「早く風呂入って来いよ。明日も早いだろ」

「うん」


わたしは精一杯普段通りを装って、さっさと寝る支度を始めた。