ふたりぐらし -マトリカリア 305号室-


ところが、愛花は根っこが生えたように、その場から動かない。


「……や。帰らない」


イヤイヤと首を振られて、頭が痛くなる。


「愛花」

「帰りたくない」


駄々をこねる姿に、どうすればいいかわからず、困り果てた。


「……子供じゃないんだから」


お前らしくない——。

つい口をついて出たその言葉に、愛花がひどく傷ついたような顔をした。

俺を見つめる瞳が、じわりと潤みを帯びて——、


「——そうだよ。わたしはもう子供じゃない!」


訴えるように声を上げた愛花が、俺の手を振り払った。

その衝撃で、ポロ、と涙がこぼれ落ちるのが見えた。

向けられる泣き顔に、俺は行き場を失った手をそのままにして立ち尽くしてしまった。