でも、そっか。この部屋には私以外誰も泊まったことがないんだ。
その事実自体が特別なことのようで、なぜか胸がきゅんとした。
身支度をしてマンションを出ると、狼くんが「はい」と左手を差し出してきた。
その手の平には特に何も乗っていない。
どういう意味だろうと黙ってじっと見ていると「早く握ってくれないと恥ずかしいんだけど」と言われ、ようやく気がついた。
そうか、恋人のフリをするんだから、手を繋ごうってことね。
「じゃあ……」
おそるおそる握った手は、やっぱりひんやりしている。
でも握り返してくるその手は、とても優しい。
狼くんはいつも通り、ちょっと眠そうな顔の無表情だけど、私は照れくさくてどんな顔をしていいのかわからなくなった。
どこで狼くんのファンが見るかわからないんだから、もっと自然に見えるようにしないといけないのに、うまくできない。


