リビングに戻ると、美鳥さんがキッチンに立って、狼くんのエプロンを身に着け掃除をしていた。
私が使っていた形跡をすべて消したいみたいだ。

ほっそりとしたその背中に、何と声をかけるべきかわからない。
お邪魔しました? すみませんでした?
ご迷惑をおかけしました?

どれも適当じゃないし、どれも彼女にとっては不要だろうと思った。


「……失礼します」


結局、それだけ言って玄関に向かう。
彼女からの返事はなかった。

そういえば、狼くんは彼女に玄関のスペアキーを渡していたんだな、といまさら気づいた。
私はしばらく一緒にいたけど、もらえなかったな。
ウソの彼女なんだから、当たり前か。

自嘲しながら、玄関のドアを開ける。


「バイバイ、ルポ」


それから、狼くんも。
さよなら。
いままでありがとう。

ここにはいない私の王子様に、心の中でお礼を言って、玄関を閉める。
見送りに来てくれたルポの鳴き声が、しばらく耳から離れなかった。