リリカは時計の蓋を閉め彼に差し出しながらにっこりと笑った。

「魔法使いならこの通りに他にたくさんいますよ。そちらに頼んでみたらどうですか?」
「困ったなぁ。どうしても無理かい?」
「魔法を使わない時計修理ならいつでも」
「なんで魔法を使わないんだい? 折角の才能なのに」

 ピゲはハラハラした。このお客、まるでリリカの嫌がる質問を全て知っているかのようだ。案の定リリカの笑顔がぴくぴくと引きつっている。

「答える必要性を感じません。どうぞお引き取りください」

 するとお客はやっと諦めたのかフゥと小さく息をついた。

「仕方ない。また来るとするよ。それ預かっておいて」
「え」

 リリカが短く声を上げる。ピゲも一緒に声を上げそうになった。その間にもう彼は背を向けていて。

「じゃあね」
「え、ちょっと、これ! 置いていかれても困ります!」

 リリカが懐中時計を掲げて叫ぶが、その男は笑顔でひらひらと手を振り帽子を目深にかぶるとそのまま出て行ってしまった。

「……嘘でしょ」

 懐中時計を握った手を力なく下ろしたリリカに、ピゲは言う。

「名前も連絡先も、何も聞かなかったね」

 直後、ボーンボーンという振り子時計の音が12回店内に鳴り響いた。