「あ、あのとき、ユリス様、なんて言ってたの?」

 ピゲは猫の耳でしっかりと聞いてしまった彼の言葉を低い声で再現した。

「『このお店が無くなるようなことがあったら、アディエール家が黙ってはいない』って、すご~く怖~い声で言ってた」
「ひぇっ」
「なんでリリカ、そんなに慌ててるの? そんな凄い人と知り合いになれて普通嬉しくない?」

 首を傾げ訊くと、リリカは半笑いのような泣き笑いのような、とにかく変な顔をした。

「……私、彼の護衛を断ったの」
「へ?」

 リリカは変な顔のまま続ける。

「言ったでしょ、お城に護衛に来ないかって話もあったって。……あれ、ユリス様の護衛だったの」
「うーわー」

 ピゲはそれしか言えなかった。

「ユリス様、そのこと知っていたと思う?」
「知らないはずがないよね」
「ですよねーー! あぁ~どうしよう! 私、すっごく失礼な態度とってなかった!?」
「常にとってたね」
「ああぁ~~最っ悪! どうしよう、ねぇピゲえええぇ~~……!?」

 ボーン、ボーンという振り子時計の音と共にリリカの悲鳴がいつまでも店内に響いていて、ピゲは耳を伏せさっさと寝たふりをした。





 『リリカ・ウェルガー時計店』――通称「魔法通りの魔法を使わない時計屋さん」に、公爵家の三男坊が足繁く通っていると噂になるのは、もう少しだけ先の話。