「僕の恩師だったんだけれど……あぁ、君が気にすることではないんだ。本当に急だったから、僕も驚いてしまって。だから、この時計をその人の元へ返してあげたくてね」
「――そ、それは、なんというか……」

 うまい言葉が出てこないのだろう、リリカは顔を俯かせてその目はきょろきょろと落ち着かない。
 そんなリリカを見て、彼はふっと優しく笑った。

「ごめんね。君には散々無理を言ってしまった」

 そう言って彼は金の懐中時計を大事そうに手に取った。
 それを目で追っていると、カランコロンと来客を知らせるベルが鳴った。リリカはハッとして顔を上げる。

「いらっしゃいませ」
「昨日の、直っているか?」

 ぶしつけにそう訊きながら入ってきたのは、昨夜例の傷だらけの懐中時計を持ってきたリリカと同じ年くらいの男性客だった。
 カウンター前にいた彼は横に下がりそのお客に場所を譲った。
 リリカは作業台の上に乗ったままの時計に視線を送ってから答える。

「見てみましたが、この時計はもう修理不可能です。全部の部品が酷く錆びついてしまっていて、部品を変えるにも、もう」

 すると、まだリリカが説明している途中なのにそのお客は不機嫌そうに言った。

「直せないってことか?」