通学路を通る子供の甲高い声、いつもその音で目を覚ます。
小さい頃おねだりして買ってもらった星柄のカーテンから、日差しが入り込んでいた。
そこそこいい年になった今では、このカーテンは部屋に不釣り合いで、とてもださい。
耳を澄ますとこの家からは僕の呼吸音以外何も聞こえない。
どうやら家族は既に皆出かけたようだった。
僕がいわゆる不登校になって5日目の朝。
最初は心配していた家族たちも、昨日から僕にあまり干渉しなくなった。
その心遣いに感謝しつつも、親のくせにそれでいいのかとも呆れた。


僕が不登校になったのには理由がある。
同じクラスメイトから壮絶ないじめを受けたのだ。
先生も、いじめを見ている生徒たちもみんな僕を無視して、僕だけがひどい仕打ちに耐えていた。
だから、耐えられなくなって、怖くって……
っていうのは、まぁ嘘なんだけど。
クラスメイトたちは普通にいい人達だし、先生も優しくて可愛らしい女の人で別に不満も何も無い。
じゃあ何でって思われるかもしれないけど、僕には上手く言えないけど思春期って多分、こんなのだと思うよ。
急にあれが嫌になったりこれが嫌になったり、そんな感じ。
なんだか学校に行きたくなくて、それだけ。


本当に理由がないの?って言われたら、実はさっきの答えも嘘なんだけどね。
理由は、きっと人から見たら厨二病とか言われるのかもしれないけど。
死ぬのが怖くなったんだ。
死という概念をきちんと知ってから、僕はまだあまり日にちが経っていない。
今まで、死ぬって、よくわかんなかったんだ。
でもね、わかってしまったんだよ。


3年前おばあちゃんが死んだ。
病気でなくなった。
85歳くらいまで生きてたらしいから、長生きなんだと思うけど。
最後のお見舞いの日、皆病室でおばあちゃんを囲んで泣いてて。
僕は泣けなかった。
病気のせいで、動けなくなって、目をずっと開けたまま天井を見て、口がずっと開いてて。微動だにしないその細いからだは、まるで人形みたいだった。
帰り道、車の中でお母さんはずっと泣いてた。お父さんはそんなお母さんを励ましてた。まだ小さい妹は、僕と同じでぼーっとしていた。妹も、その時はよくわかってなかったんだと思う。
窓の外の景色を見ながら、もう夜なんだな、なんてことを思ってた。
そうしてお家について、寝る支度をして、ベッドに潜り込んだ時お母さんの泣き声が家中に響き渡った。
僕はびっくりしてこっそりお母さんの様子を覗くと、お母さんは誰かと電話しながらものすごく泣いていた。
僕は何となく察してしまった。
きっと、おばあちゃんが死んじゃったんだって。


それからお葬式とか、色んなことがあった。
お坊さんのお経ってやつを初めて聞いたりした。よくわかんない呪文みたいな言葉に集中できなくて、僕はずっとお坊さんの頭を見つめてたけど。
おばあちゃんの家には新しい仏壇がたってて、おじいちゃんはよくわかんない顔でずっと仏壇を見つめてた。
お母さんや、お母さんのお姉さんたちはずっと泣いてた。


それから、はじめて火葬場ってところに行った。
その時初めて、人は死んだ時に燃やされちゃうんだと学んだ。
すごい音がして、熱くて、ちょっと怖くなった僕は妹を連れてお外に出ていた。
「おにいちゃん、おばあちゃんってあつくないのかな」
そういった妹の言葉が理解できなくて、今思えば心無いことを言ってしまった。
「あつくないよ、だって死んだんだもん」
妹はぽかんとした顔で僕を見つめたけど、「そっか」って、地面の草をむしりながら言った。
その時妹は理解したのかわかんないけど、
僕も真似して草を引っこ抜いた。


それからは、特に変わらない普通の生活に戻った。
朝起きて、ご飯を食べて、学校に行って、帰ってきて、ご飯を食べて、お風呂をして、ゲームしたりした後、早く寝なさいって怒られて自分のベッドでぐっすり眠る。
そんないつもの日常。
でも変わったことは確かにあったよ。
おばあちゃんのおうちは、おじいちゃんのおうちになったし、おじいちゃんの家に行くたびにお手手を合わせるようになった。
線香に火をつけるのが熱そうで怖くて、僕はまだ1回もやった事ないんだけどさ。


それで、それから三年経って、僕は今不登校。
中学生になってから、やっと気づいたんだよ。
死ぬのがどういうことなのか。
死ぬって、いなくなる、もう会えないってことなんだね。
おじいちゃんのおうちに行くたびにそう思った。
前はお菓子をたくさんくれて、僕を膝の上に乗せてニコニコ笑ってたおばあちゃんはもういない。
少し前まではそこにいたのに、僕たちが帰る時玄関までやってきて見えなくなるまでずっと手を振ってくれたのに。
もういないんだ。
それを初めて理解した時、僕はおばあちゃんのことで初めて泣いた。
1人で静かに泣いた。
あの時、わんわん泣いてたお母さんの気持ちがわからなかったけど、今なら少しわかる気がする。
だって僕も、お母さんが急にいなくなったら、永遠に会えなくなったら、絶対に泣いちゃうもんな。