最後の一夜が授けた奇跡

「寂しいわ。秘書課の女性職員がまたひとり減ってしまうなんて。」
上司の言葉に申し訳なく思いながら「すみません。ご迷惑をおかけします。」と頭を下げた。
確かに秘書課には女性職員は少ない。
入ってきても、すぐに結婚や出産で辞めていく人が多い。

32歳になっても秘書課に勤務を続けているのは上司である女性と、後輩ひとりだけだ。

それだけ、長い時間私は律樹と一緒に過ごしてきて結婚も出産も縁遠かったということかとまるで他人事のように思いながら、私は上司のあとをついて歩いて行った。

上司が社長室の扉をノックすると中から律樹の返事が聞こえた。

「失礼いたします」
上司の後ろをついて部屋に入る私。
律樹の方を見られずうつむいたまま律樹の座っている席へ近付いた。

「お仕事中に申し訳ありません。」
「いえ。どうしましたか?」
秘書課の上司の言葉に手を止めて律樹がこっちを見ているのが分かる。