季節は三月、少しずつ風に春の気配を感じるようになってきた。まりあは元気いっぱいで、あとひと月で三歳児クラスにあがるのかと思うと感慨深いものがある。

私は毎日忙しい。年度末ということもあり、花屋は繁忙期なのだ。
さらに忙しくなった理由がある。ここにきて、他店と兼務の社員が寿退職し、エリアマネージャーが妊娠、つわりのため約ひと月のお休みに入ってしまったのだ。ふたりとも私の代わりに店舗の閉め作業を請け負ってくれていた。
おめでたいことだと思いつつ、私の負担は確実に大きくなった。別の近隣店舗から応援の社員が来てくれることになったけれど、私は木曜の店休日と日曜の個人の定休以外は毎日通し勤務だ。
妊娠経過が順調なら四月にはエリアマネージャーが戻ってきてくれるということで、ひとまず三月いっぱいはこの態勢が決まった。
まりあのお迎えは父か母に行ってもらうことになる。日によっては、まりあが起きているうちに帰れないこともあるだろう。私が大変なのはいいけれど、まりあに寂しい思いをさせてしまうのは胸が痛むことだ。

しかし、この態勢での勤務が始まり、たった二日で事態は大きく動いた。

「ヨーロッパ一周旅行!?」

私は頓狂な声をあげた。両親は申し訳なさそうな、でも嬉しそうな顔で言う。

「そうなんだ。長年行きたいなって金は貯めてたんだけど」
「まさか雑誌の懸賞が当たるなんて」

なんと、うちの両親のヨーロッパ旅行が決まってしまったのだ。